「章人……どこに行ったんだろ?」
教室にも章人の姿はないし、道場やあいつが行きそうな所も探し歩いた。
もしかして早退か?と思い、四組の知り合いに尋ねてみたが、さっきまで元気そうにしていたようだ。
「本当にどこに行ったんだよ」
何となく過ぎる嫌な予感。
ここ最近は、章人が教室にいないときは必ずと言っていいほど、あの雌猫がチョロチョロ動き回るのだ。きっとまた、どこかに章人を連れて行ったんだろう……。
「あー、なんなんだよ!?」
廊下の壁を思い切り叩いてから、俺は走り出した。
「意味わかんねぇ。なんでこんなにイライラすんだよ……章人の馬鹿野郎。あー! イライラする!」
俺には思い当たる節があった。
きっと絢瀬先輩だ。彼女が章人を連れ出したに違いない。
「ふざけんなッ!」
俺はこの前、章人と絢瀬先輩が一緒にいた廊下に向かって走った。
なんでこんなに章人に執着してしまうのかもわからないし、絢瀬先輩から章人を奪い返したところで、その先には何が待っているのだろうか。
だって、章人はあんなに怒っていた。だから、俺を許してくれるわけがない。
本当に意味がわからない。
なんなんだよ、この気持ちは……心臓が痛くて仕方ないし、肺が上手く酸素を取り入れてくれない。
苦しくて苦しくて、でもこの気持ちに見て見ぬふりなんて、もうできるはずなんてない。
章人を誰にもとられたくなんかないんだ。
「いた!」
予想通り、章人は薄暗い廊下で絢瀬先輩と楽しそうに笑っている。
「もう、神谷君たら……本当に上手ね。好きになっちゃいそう」
絢瀬先輩が章人の手を握った瞬間、髪が逆立つほどの嫌悪感を覚える。
――そいつに触るな……。
その手は、俺の為にある手なんだから。
「神谷君、私、神谷君のことが………え、なに、きゃあっ!?」
絢瀬先輩は悲鳴とともに、章人から手を離した。
それもそうだろう。章人の腰に、俺が急にしがみついてきたのだから。
「え、な、凪……!?」
「なんだよ、神谷……ハァハァ……こんな雌猫に言い寄られて、シッポ振ってんじゃねぇよ……ハァハァ……」
「ちょっと、君はなんなのよ!」
今度は絢瀬先輩の金切り声が静かな廊下に響き渡る。
俺はそんな彼女のことを見向きもせずに、章人を見上げた。
「生意気なんだ、章人の分際で……俺のことが可愛いんじゃなかったのかよ……」
絢瀬先輩に聞こえないくらいの小さな声で呟く。
泣きたくなってきたから、更にギュッと力を込めて章人に抱きついた。
「もう……君って人は……全然わかってないんだから。すみません、絢瀬先輩。凪に用事があるんで、これで失礼しますね」
「ちょ、ちょっと神谷君!」
絢瀬先輩が章人を呼び止めたのに、まるでそんなものは聞こえないかのように、章人はさっさと歩き出す。
そんな章人に引き摺られながらも、俺は必死に足を動かしてついていった。
章人に連れてこられたのは、いつも二人の秘密基地のような場所だった屋上。相変わらず吹いてくる風は冷たくて気持ちいいし、そこから見える景色は綺麗だ。
なのに、そんなものは全然頭に入ってこない。
「はぁ……なんなんだよ、君は? 俺のこと好きじゃないなら、俺が誰と一緒にいても構わないだろう? 絢瀬先輩、きっと気分を悪くしたよ」
「なんで絢瀬先輩の機嫌なんかとるんだよ? あんな奴どうでもいいだろう!」
「どうでも良くないよ。 俺は平和主義だから、なるべく敵は作りたくないの」
地面に座っている章人が大きなため息をついてから、俺を見上げた。
「なんなんだよ、はこっちのセリフだよ。お前には俺がいるのに、なんで他の奴と仲良くするんだよ。めちゃくちゃイライラするし、心臓が痛くなる。もう本当に意味がわからねぇ」
「凪……」
「俺が苦しいのも、わからねぇのか! 馬鹿章人! どうにかしろよ…!」
俺は無我夢中で章人に抱きついた。涙が自然に溢れてきたけど、もうそんなものはどうでもいい。
章人の制服にシミがいくつもできる。
「苦しくて辛い……もうこんなの嫌だ……お前を見てると疲れる。罰ゲームでお前を騙したことは謝ったじゃん。もう許してよ。今の俺には謝ることしかできねぇもん。ごめん、素直になれなくて、ごめんね」
その瞬間、そっと俺の背中に腕が回されて強く強く抱き締め返される。あまりの力強さに一瞬息が止まりそうになった。
「ふふっ。馬鹿は凪だろ? 凪はよっぽど俺のことが好きなんだね」
「……好き……?」
「そう。君は俺のことが大好きなんだよ」
「そ、そんなことない……」
「なんて言っても無駄だよ。だってほら、凪の心臓はこんなにもドキドキしている。凪の体はこんなにも正直で、俺のことが好きだって叫んでるんだよ」
「そんなこと……」
「もういいよ。いい加減素直になりな?」
章人。俺、もう無理。これ以上気持ちを押し殺すことなんてできない。だってこんなにもお前のことが……。
初めて出会ったときから、いけ好かない奴で、絶対に関わらないでいようと思ってた。
でもいつからだろうか。章人が気になって仕方がなくて、いつも目で追っていたっけ。
罰ゲームだって知られることが怖くて、ずっと怯えていた。でも逆に、真実を打ち明けて許されたいとも思って……優しい章人の傍にいることが幸せだったのに、凄く苦しかった。 認めたくなくて、パズルのピースを崩すように気持ちをバラバラにして、見て見ぬフリをしていた。
でも自分でも気付かないうちに、パズルは完成してしまっていたんだ。気付かないふりをしているうちに……。
「凪、もう強がらなくて大丈夫だよ。これで完全にゲームオーバー。凪の負けだよ」
「……わかってる、俺の負けだ」
「なんてね。本当は引き分けだよ。だって、俺もずっと前から、凪のことが好きだったんだもん。凪は知り合った頃から、ずっと俺の特別だったんだよ。こんなにも辛抱強く待ってたんだから、もう離さない。俺も凪が好き」
俺を抱き締める腕に、更に力が込められて。
苦しい、苦しいよ、章人……。
「もう絶対に離さない。凪は、俺のものだ」
「じゃあ罰ゲームのことは、もう怒ってない?」
「怒ってるに決まってるだろう? でも……」
「……でも?」
「ん……ッ……ふッ……」
少しだけ強引に唇を奪われてしまい、呼吸ができなくなる。それでも、夢中で章人の口付けを受け止めた。
「許せない以上に凪が好き」
「あき、ひと……」
「凪、俺のことが好きか?」
「うん、好き。大好き」
「なぁ、章人はいつから俺が好きだったの? それから俺のどこが好き?」
「あははは。めっちゃ質問するじゃん」
「あ、ごめん」
章人に聞きたいことがたくさんあって、矢継ぎ早に質問攻めにしてしまったことが恥ずかしくなってしまう。そんな俺に、章人は優しく笑いかけてくれた。
よかった……またそんなふうに笑ってくれて。
「はじめは凪の顔に惚れたんだ」
「は? 顔?」
「ごめんごめん。でもこんな可愛くて綺麗な子は初めて見たから。つい心が動いちゃった。それから俺に負けたくなくて、必死に強がってる凪も可愛かったなぁ。だから俺も追いつかれたくなくて、必死だったよ」
「なんだよ、それ。ならもっと早く言ってくれればよかったのに……」
「本当だね。はじめからお互い素直になれてたら、こんなに遠回りしなくても済んだのにね」
「うん……」
お互いがお互いに負けたくなくて、でも気になって……素直になれなかった。もっと早くこうして思いを打ち明けられていたら、未来は違ったのかもしれない。
「章人、ごめんね」
「ふふ。しおらしい凪も可愛いね。でも嘘をつく悪い子にはお仕置だよ」
「え……?」
「ベッドでトロトロに蕩けさせて……泣きながら俺のことを好きって言わせてあげる。それで少しは反省してね」
「……や、やめて……恥ずかしい……。それに、もう十分反省してるから……」
「なんだよ、それ? 反則だろう……凪、可愛すぎる」
「あ……ッ……あぅ……んッ……」
「凪、キス気持ちいい?」
「うん。気持ちいい、もっと……」
「可愛い、凪」
なぁ、章人。素直になれなくて、ごめんね。
でも、俺は章人が大好きだ。
ようやく素直になれた唇は、「大好き」って伝えたかったのに、章人に塞がれてしまって……何も言えなくなってしまった。
【素直になれた後の後日談】
「俺たち正式に付き合うことになったから」
「はぁぁぁ!?」
章人の言葉に、優太をはじめとした友人たちが大声を上げた後、一瞬で言葉を失ってしまった。
――だから、いちいち報告しなんてしなくてよかったのに……。
友人たちの反応を目の前に、俺は肩を落として大きく息を吐く。友人たちの反応は正しいと思う。だって、いきなり男友達二人が目の前に現れ、交際宣言をしているのだ。驚かないわけがない。もしかしたら「気持ち悪い」と白い目で見られる可能性だってある。
そんな俺のことなどお構いなしに、章人は俺の肩を抱き満面の笑みを浮かべている。幸せオーラ全開だ。
本当なら「ふざけんなよ!」と章人の手を振り這えばいいのに、なぜかそれができない。
だって、なんやかんやで俺も幸せ過ぎて、友人たちに自慢したいくらいなのだから……。
『俺の彼氏イケメンだろう? 身長も高いし、頭もいいし運動神経もいい。おまけに超優しいんだぜ!』
そんな惚気が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えた。
それに、今後自分たちの関係を隠していくか、みんなに知らせるか話し合ったとき、章人と迷うことなく公表すると言い放った。
『だって、凪が俺のものだって知らせておかなきゃ、いつ悪い虫がつくかわからないでしょ?』
そうさらっと言ってから、笑っていた。俺は、その笑顔に胸が締め付けられてしまう。
章人は真っすぐに俺を想ってくれている――。それが痛いほど伝わってきた。
俺の彼氏は最高にかっこいい……。アイスを持ったまま章人に見とれていると、「あー、ほら凪。アイス溶けてるよ! 早く食べちゃいなよ」と俺の手を引き寄せ、溶けて俺の手を伝うアイスを舐めてくれる。
その仕草が妙に色っぽくて、エロくて……。今でもあの時のことを思い出すだけで、全身が火照ってくるのを感じる。
「なんかよくわからないけど、おめでとう! 美男子同士お似合いなんじゃん?」
「女子たちが騒ぎそうだけどな」
気持ち悪がられるかも……と心配していたが、友人たちは嬉しそうに俺たちのことを祝福してくれているようで、ほっと胸を撫でおろす。
「凪、お幸せにな」
「あ、うん。ありがとう」
優太にかけたくれた言葉に思わず胸が熱くなる。
嬉しくて鼓動が少しずつ速くなっていった。
幸せだな……。胸が熱くなって、嬉しくて。自分らしくないけれど、涙が出そうになった。
「凪、もう行くよ」
「え? あ、ちょっと……」
「じゃあ、みんなまたね」
章人が無理矢理連れてきたくせに、急に肩を抱かれたまま友人たちに背を向ける。背後からは「お幸せに~」なんて友人たちの呑気な声が聞こえてくるけれど、俺は突然の章人の豹変ぶりに追いつくことができず、慌てふためいてしまう。
――こいつ、なんか怒ってる?
今までのやり取りの中で、章人が不機嫌になる場面なんてなかったはずだ。だいたい、こいつが人前で怒るはずがない。何が何だかわからないまま、俺は明人に引き摺られるように廊下の陰に連れてこられてしまった。
一体なんだってんだよ!? と文句を言おうと口を開きかけたけれど、険しい表情を浮かべる章人を見て、俺は咄嗟に口をつぐむ。
やっぱり何か怒ってるんだ……。そう確信した俺は、黙って章人を見つめた。
「ねぇ、凪……」
「な、なんだよ?」
あまりの章人の気迫に、俺は壁に追い込まれてしまう。背中に壁が当たる感覚に思わず唇を噛み締めた。
「俺が何で怒ってるかわかる?」
「わ、わかんねぇよ。突然優太たちに付き合ってるって報告に行くって言って連れ出されて、今度は怒られなくちゃいけねぇのかよ?」
そんなの割に合わない。俺は今にも章人に掴みかかりたい衝動を必死に堪えた。
「もう、凪は本当にわかってないね」
「だから、何をだよ?」
「友達の前で頬を赤くしながら幸せそうな顔してさ。もう本当にそういう凪を見てると腹が立つ」
「だから何がいいたいんだよ!?」
章人が言っていることの意味がわからず、つい口調が強くなってしまった。
「だから……、ああやって幸せそうに笑う顔を、俺以外の前でしないでってこと」
「は?」
「あんなに蕩けた顔しちゃってさ。あの顔は、キスして気持ちいときに凪がする表情じゃん。そんな可愛い凪の顔を、俺は誰にも見られたくないの!」
「お前……、何言ってんだよ……」
「いい? 凪。これだけは覚えておいて? 凪の彼氏は、凪が思っている以上に嫉妬深くて、独占欲が強いっていうことを……」
「ん、ぅんッ……」
少しだけ怒ったような顔をしている章人に唇を奪われてしまう。機嫌が悪いのだろうか? 少しだけ乱暴なキス。それでも、俺はそんなキスにも愛情を感じてしまう。
「章人、めっちゃ可愛いじゃん」
思わず本音が零れ落ちる。
普段は優等生なくせに、こんな意外な一面もあるんだな。
でもこんな章人を知っているのは俺だけ……。それってなんだか、俺が特別な存在みたいで気分がいい。
「もうめっちゃ好き」
「凪、俺が怒ってるのわかってる?」
「はいはい、わかってるって。それより……」
俺は未だに仏頂面をしている章人の顔を覗き込んで、そっと形のいい唇を指でなぞる。
「誰にも見せないから、もっと蕩けさせて?」
「はぁ……、凪。本当に可愛い。大好き」
「俺も好き。だからもっとキスして?」
「いいよ。いっぱいしよう」
「うん。いっぱいしたい……」
俺が章人の腰に腕を回すと、ギュッと抱き締めてくれる。章人の体温が心地いい……。
素直になった俺たちは、始業を知らせるチャイムが鳴るまで、甘い甘いキスをした。
【END】
教室にも章人の姿はないし、道場やあいつが行きそうな所も探し歩いた。
もしかして早退か?と思い、四組の知り合いに尋ねてみたが、さっきまで元気そうにしていたようだ。
「本当にどこに行ったんだよ」
何となく過ぎる嫌な予感。
ここ最近は、章人が教室にいないときは必ずと言っていいほど、あの雌猫がチョロチョロ動き回るのだ。きっとまた、どこかに章人を連れて行ったんだろう……。
「あー、なんなんだよ!?」
廊下の壁を思い切り叩いてから、俺は走り出した。
「意味わかんねぇ。なんでこんなにイライラすんだよ……章人の馬鹿野郎。あー! イライラする!」
俺には思い当たる節があった。
きっと絢瀬先輩だ。彼女が章人を連れ出したに違いない。
「ふざけんなッ!」
俺はこの前、章人と絢瀬先輩が一緒にいた廊下に向かって走った。
なんでこんなに章人に執着してしまうのかもわからないし、絢瀬先輩から章人を奪い返したところで、その先には何が待っているのだろうか。
だって、章人はあんなに怒っていた。だから、俺を許してくれるわけがない。
本当に意味がわからない。
なんなんだよ、この気持ちは……心臓が痛くて仕方ないし、肺が上手く酸素を取り入れてくれない。
苦しくて苦しくて、でもこの気持ちに見て見ぬふりなんて、もうできるはずなんてない。
章人を誰にもとられたくなんかないんだ。
「いた!」
予想通り、章人は薄暗い廊下で絢瀬先輩と楽しそうに笑っている。
「もう、神谷君たら……本当に上手ね。好きになっちゃいそう」
絢瀬先輩が章人の手を握った瞬間、髪が逆立つほどの嫌悪感を覚える。
――そいつに触るな……。
その手は、俺の為にある手なんだから。
「神谷君、私、神谷君のことが………え、なに、きゃあっ!?」
絢瀬先輩は悲鳴とともに、章人から手を離した。
それもそうだろう。章人の腰に、俺が急にしがみついてきたのだから。
「え、な、凪……!?」
「なんだよ、神谷……ハァハァ……こんな雌猫に言い寄られて、シッポ振ってんじゃねぇよ……ハァハァ……」
「ちょっと、君はなんなのよ!」
今度は絢瀬先輩の金切り声が静かな廊下に響き渡る。
俺はそんな彼女のことを見向きもせずに、章人を見上げた。
「生意気なんだ、章人の分際で……俺のことが可愛いんじゃなかったのかよ……」
絢瀬先輩に聞こえないくらいの小さな声で呟く。
泣きたくなってきたから、更にギュッと力を込めて章人に抱きついた。
「もう……君って人は……全然わかってないんだから。すみません、絢瀬先輩。凪に用事があるんで、これで失礼しますね」
「ちょ、ちょっと神谷君!」
絢瀬先輩が章人を呼び止めたのに、まるでそんなものは聞こえないかのように、章人はさっさと歩き出す。
そんな章人に引き摺られながらも、俺は必死に足を動かしてついていった。
章人に連れてこられたのは、いつも二人の秘密基地のような場所だった屋上。相変わらず吹いてくる風は冷たくて気持ちいいし、そこから見える景色は綺麗だ。
なのに、そんなものは全然頭に入ってこない。
「はぁ……なんなんだよ、君は? 俺のこと好きじゃないなら、俺が誰と一緒にいても構わないだろう? 絢瀬先輩、きっと気分を悪くしたよ」
「なんで絢瀬先輩の機嫌なんかとるんだよ? あんな奴どうでもいいだろう!」
「どうでも良くないよ。 俺は平和主義だから、なるべく敵は作りたくないの」
地面に座っている章人が大きなため息をついてから、俺を見上げた。
「なんなんだよ、はこっちのセリフだよ。お前には俺がいるのに、なんで他の奴と仲良くするんだよ。めちゃくちゃイライラするし、心臓が痛くなる。もう本当に意味がわからねぇ」
「凪……」
「俺が苦しいのも、わからねぇのか! 馬鹿章人! どうにかしろよ…!」
俺は無我夢中で章人に抱きついた。涙が自然に溢れてきたけど、もうそんなものはどうでもいい。
章人の制服にシミがいくつもできる。
「苦しくて辛い……もうこんなの嫌だ……お前を見てると疲れる。罰ゲームでお前を騙したことは謝ったじゃん。もう許してよ。今の俺には謝ることしかできねぇもん。ごめん、素直になれなくて、ごめんね」
その瞬間、そっと俺の背中に腕が回されて強く強く抱き締め返される。あまりの力強さに一瞬息が止まりそうになった。
「ふふっ。馬鹿は凪だろ? 凪はよっぽど俺のことが好きなんだね」
「……好き……?」
「そう。君は俺のことが大好きなんだよ」
「そ、そんなことない……」
「なんて言っても無駄だよ。だってほら、凪の心臓はこんなにもドキドキしている。凪の体はこんなにも正直で、俺のことが好きだって叫んでるんだよ」
「そんなこと……」
「もういいよ。いい加減素直になりな?」
章人。俺、もう無理。これ以上気持ちを押し殺すことなんてできない。だってこんなにもお前のことが……。
初めて出会ったときから、いけ好かない奴で、絶対に関わらないでいようと思ってた。
でもいつからだろうか。章人が気になって仕方がなくて、いつも目で追っていたっけ。
罰ゲームだって知られることが怖くて、ずっと怯えていた。でも逆に、真実を打ち明けて許されたいとも思って……優しい章人の傍にいることが幸せだったのに、凄く苦しかった。 認めたくなくて、パズルのピースを崩すように気持ちをバラバラにして、見て見ぬフリをしていた。
でも自分でも気付かないうちに、パズルは完成してしまっていたんだ。気付かないふりをしているうちに……。
「凪、もう強がらなくて大丈夫だよ。これで完全にゲームオーバー。凪の負けだよ」
「……わかってる、俺の負けだ」
「なんてね。本当は引き分けだよ。だって、俺もずっと前から、凪のことが好きだったんだもん。凪は知り合った頃から、ずっと俺の特別だったんだよ。こんなにも辛抱強く待ってたんだから、もう離さない。俺も凪が好き」
俺を抱き締める腕に、更に力が込められて。
苦しい、苦しいよ、章人……。
「もう絶対に離さない。凪は、俺のものだ」
「じゃあ罰ゲームのことは、もう怒ってない?」
「怒ってるに決まってるだろう? でも……」
「……でも?」
「ん……ッ……ふッ……」
少しだけ強引に唇を奪われてしまい、呼吸ができなくなる。それでも、夢中で章人の口付けを受け止めた。
「許せない以上に凪が好き」
「あき、ひと……」
「凪、俺のことが好きか?」
「うん、好き。大好き」
「なぁ、章人はいつから俺が好きだったの? それから俺のどこが好き?」
「あははは。めっちゃ質問するじゃん」
「あ、ごめん」
章人に聞きたいことがたくさんあって、矢継ぎ早に質問攻めにしてしまったことが恥ずかしくなってしまう。そんな俺に、章人は優しく笑いかけてくれた。
よかった……またそんなふうに笑ってくれて。
「はじめは凪の顔に惚れたんだ」
「は? 顔?」
「ごめんごめん。でもこんな可愛くて綺麗な子は初めて見たから。つい心が動いちゃった。それから俺に負けたくなくて、必死に強がってる凪も可愛かったなぁ。だから俺も追いつかれたくなくて、必死だったよ」
「なんだよ、それ。ならもっと早く言ってくれればよかったのに……」
「本当だね。はじめからお互い素直になれてたら、こんなに遠回りしなくても済んだのにね」
「うん……」
お互いがお互いに負けたくなくて、でも気になって……素直になれなかった。もっと早くこうして思いを打ち明けられていたら、未来は違ったのかもしれない。
「章人、ごめんね」
「ふふ。しおらしい凪も可愛いね。でも嘘をつく悪い子にはお仕置だよ」
「え……?」
「ベッドでトロトロに蕩けさせて……泣きながら俺のことを好きって言わせてあげる。それで少しは反省してね」
「……や、やめて……恥ずかしい……。それに、もう十分反省してるから……」
「なんだよ、それ? 反則だろう……凪、可愛すぎる」
「あ……ッ……あぅ……んッ……」
「凪、キス気持ちいい?」
「うん。気持ちいい、もっと……」
「可愛い、凪」
なぁ、章人。素直になれなくて、ごめんね。
でも、俺は章人が大好きだ。
ようやく素直になれた唇は、「大好き」って伝えたかったのに、章人に塞がれてしまって……何も言えなくなってしまった。
【素直になれた後の後日談】
「俺たち正式に付き合うことになったから」
「はぁぁぁ!?」
章人の言葉に、優太をはじめとした友人たちが大声を上げた後、一瞬で言葉を失ってしまった。
――だから、いちいち報告しなんてしなくてよかったのに……。
友人たちの反応を目の前に、俺は肩を落として大きく息を吐く。友人たちの反応は正しいと思う。だって、いきなり男友達二人が目の前に現れ、交際宣言をしているのだ。驚かないわけがない。もしかしたら「気持ち悪い」と白い目で見られる可能性だってある。
そんな俺のことなどお構いなしに、章人は俺の肩を抱き満面の笑みを浮かべている。幸せオーラ全開だ。
本当なら「ふざけんなよ!」と章人の手を振り這えばいいのに、なぜかそれができない。
だって、なんやかんやで俺も幸せ過ぎて、友人たちに自慢したいくらいなのだから……。
『俺の彼氏イケメンだろう? 身長も高いし、頭もいいし運動神経もいい。おまけに超優しいんだぜ!』
そんな惚気が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えた。
それに、今後自分たちの関係を隠していくか、みんなに知らせるか話し合ったとき、章人と迷うことなく公表すると言い放った。
『だって、凪が俺のものだって知らせておかなきゃ、いつ悪い虫がつくかわからないでしょ?』
そうさらっと言ってから、笑っていた。俺は、その笑顔に胸が締め付けられてしまう。
章人は真っすぐに俺を想ってくれている――。それが痛いほど伝わってきた。
俺の彼氏は最高にかっこいい……。アイスを持ったまま章人に見とれていると、「あー、ほら凪。アイス溶けてるよ! 早く食べちゃいなよ」と俺の手を引き寄せ、溶けて俺の手を伝うアイスを舐めてくれる。
その仕草が妙に色っぽくて、エロくて……。今でもあの時のことを思い出すだけで、全身が火照ってくるのを感じる。
「なんかよくわからないけど、おめでとう! 美男子同士お似合いなんじゃん?」
「女子たちが騒ぎそうだけどな」
気持ち悪がられるかも……と心配していたが、友人たちは嬉しそうに俺たちのことを祝福してくれているようで、ほっと胸を撫でおろす。
「凪、お幸せにな」
「あ、うん。ありがとう」
優太にかけたくれた言葉に思わず胸が熱くなる。
嬉しくて鼓動が少しずつ速くなっていった。
幸せだな……。胸が熱くなって、嬉しくて。自分らしくないけれど、涙が出そうになった。
「凪、もう行くよ」
「え? あ、ちょっと……」
「じゃあ、みんなまたね」
章人が無理矢理連れてきたくせに、急に肩を抱かれたまま友人たちに背を向ける。背後からは「お幸せに~」なんて友人たちの呑気な声が聞こえてくるけれど、俺は突然の章人の豹変ぶりに追いつくことができず、慌てふためいてしまう。
――こいつ、なんか怒ってる?
今までのやり取りの中で、章人が不機嫌になる場面なんてなかったはずだ。だいたい、こいつが人前で怒るはずがない。何が何だかわからないまま、俺は明人に引き摺られるように廊下の陰に連れてこられてしまった。
一体なんだってんだよ!? と文句を言おうと口を開きかけたけれど、険しい表情を浮かべる章人を見て、俺は咄嗟に口をつぐむ。
やっぱり何か怒ってるんだ……。そう確信した俺は、黙って章人を見つめた。
「ねぇ、凪……」
「な、なんだよ?」
あまりの章人の気迫に、俺は壁に追い込まれてしまう。背中に壁が当たる感覚に思わず唇を噛み締めた。
「俺が何で怒ってるかわかる?」
「わ、わかんねぇよ。突然優太たちに付き合ってるって報告に行くって言って連れ出されて、今度は怒られなくちゃいけねぇのかよ?」
そんなの割に合わない。俺は今にも章人に掴みかかりたい衝動を必死に堪えた。
「もう、凪は本当にわかってないね」
「だから、何をだよ?」
「友達の前で頬を赤くしながら幸せそうな顔してさ。もう本当にそういう凪を見てると腹が立つ」
「だから何がいいたいんだよ!?」
章人が言っていることの意味がわからず、つい口調が強くなってしまった。
「だから……、ああやって幸せそうに笑う顔を、俺以外の前でしないでってこと」
「は?」
「あんなに蕩けた顔しちゃってさ。あの顔は、キスして気持ちいときに凪がする表情じゃん。そんな可愛い凪の顔を、俺は誰にも見られたくないの!」
「お前……、何言ってんだよ……」
「いい? 凪。これだけは覚えておいて? 凪の彼氏は、凪が思っている以上に嫉妬深くて、独占欲が強いっていうことを……」
「ん、ぅんッ……」
少しだけ怒ったような顔をしている章人に唇を奪われてしまう。機嫌が悪いのだろうか? 少しだけ乱暴なキス。それでも、俺はそんなキスにも愛情を感じてしまう。
「章人、めっちゃ可愛いじゃん」
思わず本音が零れ落ちる。
普段は優等生なくせに、こんな意外な一面もあるんだな。
でもこんな章人を知っているのは俺だけ……。それってなんだか、俺が特別な存在みたいで気分がいい。
「もうめっちゃ好き」
「凪、俺が怒ってるのわかってる?」
「はいはい、わかってるって。それより……」
俺は未だに仏頂面をしている章人の顔を覗き込んで、そっと形のいい唇を指でなぞる。
「誰にも見せないから、もっと蕩けさせて?」
「はぁ……、凪。本当に可愛い。大好き」
「俺も好き。だからもっとキスして?」
「いいよ。いっぱいしよう」
「うん。いっぱいしたい……」
俺が章人の腰に腕を回すと、ギュッと抱き締めてくれる。章人の体温が心地いい……。
素直になった俺たちは、始業を知らせるチャイムが鳴るまで、甘い甘いキスをした。
【END】



