客を送り出したとき、外では雨が降っていた。
「また指名するよ」
と客は言った。こういうとき、売れっ子はハグして送り出すらしいけれど、隆史はしない。
そういうそっけないところがいい、と言う客もいた。
客が見えなくなるまで、しばらく入口のところで立っていると、雨粒が頬に打った。
学生服のコスプレ姿だったせいか、急に隆史は高校のときのある場面を思い出した。
隆史と吉岡美保は、学校の帰り道、一つの傘に入って歩いていた。傘を持っていたのは隆史で、わりと強めの雨を前にして途方にくれていた美保に、駅まで入っていけば、と誘ったのだ。
「ときどきわたし、わけもなくなにもかも壊したくなる」
美保は言った。
二人、かなり近い距離でいることに、隆史はどぎまぎしていた。だから、はじめは急になにを言い出したのか、わからなかった。
肩が濡れていた。美保の肩も濡れてやいまいかと、隆史は気になっていた。
「どゆこと」
と隆史が聞き返すと、
「キャラじゃないかな」
と美保は笑った。呆れられていると感じたらしかった。
「そういう意味でいったんじゃないけど」
隆史は言った。ごめん、もう一度言ってくんない? と言いたかった。
「おなかのあたりからぐわーって黒いものが湧き出てくるっていうか」
美保は前を向いたまま言った。
「ああ」
「わかる? そういう気持ち」
「わかんないけど」
そもそも、なにを言いたいのかがわからなかった。
「そっか」
「わかるような気もするけど」
美保がちょっと傷ついた気がして、隆史はわかってもいないのに、言った。
「どっち?」
「うーん」
困った。引き返せない。
「ごめんね、意味わかんないこといって」
「いや、なんか嬉しいよ」
「なにが」
「かなみとか愛子に、そんなこと話す?」
三人はいつだってきゃあきゃあと騒いでいる。主にかなみと愛子が。美保はそばでニコニコと眺めていた。
「話さないな」
「友達に話さないようなこと、話してくれて、嬉しい」
あ、と思った。口にしてから、これってなんか告白っぽくなっていないか、と思い慌てた。
「わたしとしてはかなりこっぱずかしいんだけどね……」
美保が照れ笑いを浮かべた。
「雨、あがったよ」
美保が気づいて、隆史から離れた。
「うん」
「傘、たたまないの?」
美保が不思議そうに隆史を見た。
「うん」
隆史はぼうっとしていた。
美保は隆史のさしている傘に再び入った。
「そういえば、わたし男子と相合傘したの初めてだった。こんな感じか」
と屈託ない微笑みを隆史に向けた。
「うん」
隆史はなんて答えたら良いのかわからなかった。
「わたしがもし、なにかとんでもないことをしたとしても、隆史くんは大丈夫だよね」
空が晴れ始めているのに、隆史は傘をたたむタイミングが見つからなかった・。
「とんでもないこと?」
隆史が聞き返すと、
「なにか、人にひどいことをしたとしても、許してくれるよね」
美保はまるで救いを求めているような顔をした。
隆史は黙って頷いた。
「友達だもんね」
念押しするように、美保は言った。
「かなみや愛子だって、そうだろ」
「だね」
「絶対に大丈夫だよ」
隆史は確信を持って言った。
「なにが」
「美保は人にひどいことなんかしないし、悪いことなんてなにも起きないよ」
「そうかな」
美保は傘の向こう、視線の先にある青空を見ていた。
「そうだよ。黒いものなんて、ないよ」
隆史は黒いものがなにを意味するのかわからなかった。自分のなかの悪意とかだろうか。自分にもきっとある。美保だって、こんなにいつだって笑顔で誰にもわけへだてなく優しい子にもある、のかもしれないもの。
「そっか」
ありがとうね、と美保は去っていった。
「また指名するよ」
と客は言った。こういうとき、売れっ子はハグして送り出すらしいけれど、隆史はしない。
そういうそっけないところがいい、と言う客もいた。
客が見えなくなるまで、しばらく入口のところで立っていると、雨粒が頬に打った。
学生服のコスプレ姿だったせいか、急に隆史は高校のときのある場面を思い出した。
隆史と吉岡美保は、学校の帰り道、一つの傘に入って歩いていた。傘を持っていたのは隆史で、わりと強めの雨を前にして途方にくれていた美保に、駅まで入っていけば、と誘ったのだ。
「ときどきわたし、わけもなくなにもかも壊したくなる」
美保は言った。
二人、かなり近い距離でいることに、隆史はどぎまぎしていた。だから、はじめは急になにを言い出したのか、わからなかった。
肩が濡れていた。美保の肩も濡れてやいまいかと、隆史は気になっていた。
「どゆこと」
と隆史が聞き返すと、
「キャラじゃないかな」
と美保は笑った。呆れられていると感じたらしかった。
「そういう意味でいったんじゃないけど」
隆史は言った。ごめん、もう一度言ってくんない? と言いたかった。
「おなかのあたりからぐわーって黒いものが湧き出てくるっていうか」
美保は前を向いたまま言った。
「ああ」
「わかる? そういう気持ち」
「わかんないけど」
そもそも、なにを言いたいのかがわからなかった。
「そっか」
「わかるような気もするけど」
美保がちょっと傷ついた気がして、隆史はわかってもいないのに、言った。
「どっち?」
「うーん」
困った。引き返せない。
「ごめんね、意味わかんないこといって」
「いや、なんか嬉しいよ」
「なにが」
「かなみとか愛子に、そんなこと話す?」
三人はいつだってきゃあきゃあと騒いでいる。主にかなみと愛子が。美保はそばでニコニコと眺めていた。
「話さないな」
「友達に話さないようなこと、話してくれて、嬉しい」
あ、と思った。口にしてから、これってなんか告白っぽくなっていないか、と思い慌てた。
「わたしとしてはかなりこっぱずかしいんだけどね……」
美保が照れ笑いを浮かべた。
「雨、あがったよ」
美保が気づいて、隆史から離れた。
「うん」
「傘、たたまないの?」
美保が不思議そうに隆史を見た。
「うん」
隆史はぼうっとしていた。
美保は隆史のさしている傘に再び入った。
「そういえば、わたし男子と相合傘したの初めてだった。こんな感じか」
と屈託ない微笑みを隆史に向けた。
「うん」
隆史はなんて答えたら良いのかわからなかった。
「わたしがもし、なにかとんでもないことをしたとしても、隆史くんは大丈夫だよね」
空が晴れ始めているのに、隆史は傘をたたむタイミングが見つからなかった・。
「とんでもないこと?」
隆史が聞き返すと、
「なにか、人にひどいことをしたとしても、許してくれるよね」
美保はまるで救いを求めているような顔をした。
隆史は黙って頷いた。
「友達だもんね」
念押しするように、美保は言った。
「かなみや愛子だって、そうだろ」
「だね」
「絶対に大丈夫だよ」
隆史は確信を持って言った。
「なにが」
「美保は人にひどいことなんかしないし、悪いことなんてなにも起きないよ」
「そうかな」
美保は傘の向こう、視線の先にある青空を見ていた。
「そうだよ。黒いものなんて、ないよ」
隆史は黒いものがなにを意味するのかわからなかった。自分のなかの悪意とかだろうか。自分にもきっとある。美保だって、こんなにいつだって笑顔で誰にもわけへだてなく優しい子にもある、のかもしれないもの。
「そっか」
ありがとうね、と美保は去っていった。