「でもその日は帰ってこなくて。隆史さん、バイト先にいってみても、最近は休んでいるっていうし」
アラレは言った。
「そうなんですか?」
弥生はうんざりしながら相槌を打った。
「お姉さんご興味ないんですか? 隆史さんのこと」
「弟が東京でなにしてるのかまでは……」
「もしかして、家族仲、あまりよろしくないんですか」
アラレが軽くのけぞった。「怖い」とでも言いたいらしうく、胸に手を当ててている。
「は?」
なんだこいつ、と弥生は顔をしかめた。
「弟さんに興味がおありでないようですし」
「そんなことないですよ。失礼な」
「隆史さん、大学にほとんど行ってないですよ」
「え?」
さすがにそれには清子も驚いて声をあげた。
「パチンコしてるかバイトしてるか、ユーチューブ見るかしかしてませんし」
指折り数えながらアラレは言った。片手で数えられるほどにたいしたことをしていない。「お兄ちゃん趣味とかないし、そりゃそうだ。ていうかうちにいるときとまったく変わんな……」
紗江は言った。
「このままだと大学も留年してしまうんじゃないでしょうか。単位足りてないみたいだし。まあ、文学部なんていったところで、って部分ありますけどね。あの人の部屋、漫画しか本ないし」
なんとなくだが、自分は隆史の部屋に入ったことをアピールしているみたいだった。なんでよりのよってこんな女を入れたんだ、と女たちは思った。
隆史よりも年上だ。二十五歳になった弥生より、三十手前の清子よりも年配に見える。そもそもメイクが今風ではないし、一見若作りの格好をしているけれど、肌や風情は年を隠すことはできない。
「ちょっといいですか」
紗江が授業で先生に質問でもするかのように手を挙げた。
「はい」
アラレの方も、紗江を指差し促した。
「剛力さんは、兄と付き合ってる、ってことでいいですよね」
さすがに口にするのも嫌だったけれど、言った。
「……メイビー」
なに芝居がかったこと言ってんだ、と弥生は憎らしかった。絶対こいつ、トレンディドラマの主人公でも気取ってる。いまどき流行らないってえの。
「で、最近兄が剛力さんを避けてる、と」
紗江が続けた。
「客観的に見て、そうかもしれません」
わざとらしくアラレがため息をついた。
「で、なにしにうちにきたんですか?」
紗江が言った。
「……もう一度やっぱり説明しましょうか」
とアラレはタブレットを手にしようとし、
「いいです、パワポで説明、いいです。弟が東京でしょうもない生活を送ってるってことはわかりましたから。想像ついてましたし。大学だって滑り止めの滑り止めみたいなとこ入ったわけだし、そりゃモチベーションも下がってるだろうなってこともわかります」
清子が慌てて言った。
「だったら、」
アラレが清子の倍なにか言いそうになろうとしたとき、
「ストップ。兄がしょうもない生活を送ってるのと、剛力さんとのおつきあいがなんとなくグダグダになってるのって、わたしたちにいうことですか?」
紗江が言った。
「紗江……」
よくぞ言った、と思いながらも、さすがにまずい。清子は紗江の腕をゆすった。
「お兄ちゃんだってもうハタチだしさ、そんなだれと付き合おうとか別れようとかってきょうだいがどうこう問題でもないじゃん」
「別れる? 隆史さん、わたしと別れるつもりなんですか?」
アラレが信じられない、と叫んだ。
「わからないですけど、でも可能性としてはありますよね、客観的に見て」
紗江が言うと、アラレは急に床に崩れた。大芝居である。ずっと正座していたから足が辛かったのかもしれない、ミニスカートから伸びている大根足がぶるぶると震えていた。
「ええ……」
これ、あたし加害者? こいつ被害者気取り? さんざんうちらを煽っておいてなんなの?
そして聞きたい。
うちのお兄ちゃん、そこまで執着するほどの男か?
「絶対そんなの許せない……ありえるはずがない……」
足だけでなく、アラレは全身を震わせて言った。
「大丈夫ですか……」
さすがに心配になり清子が声をかけた。警察より、救急車のほうが必要なのだろうか。
「ひどいじゃないですか。一体わたしのなにがいけないっていうんですか」
アラレが哀れぶって言った。
「落ち着いてください……お茶どうぞ……」
弥生が机にあるお茶をアラレの方に寄せた。
「いりません。水分とりすぎるとむくむし」
アラレの言葉に、こいつにぜったい優しい言葉なんてかけてやるものか、と弥生は思った。
「いちおう聞いておきたいんですけど、隆史、あなたにお金を借りたりしているんじゃないですよね」
弥生が冷たく言った。
「隆史さんはわたしがいくら食事代を支払おうとしても、絶対に割り勘にします。弟のことを信頼してないんですか」
だかお前はどういう立場なんだよ、とアラレが怒るのを一同は醒めた目で眺めていた。
「そういうわけじゃないですけど、ねえ」
と、弥生は清子に目くばせした。
はい、と再び紗江が手を挙げた。
「困る、っていってるんです。わたしたちが借金の連帯保証人になってるわけでもないってことですよね。兄が東京でどんなしょうもない生活をしてるかとかって、報告しにきたわけじゃないんでしょ。あなたとお兄ちゃんがもう一度付き合えるようになんとかしろっていったって、関係ないことだし、そもそも男と女のことを外野がとやかくいうことできないでしょ。うちらアマゾンじゃないんだから、兄貴一人ポチッと注文されたら即日配送みたいなことできませんし。そういうのわかりますよね、いい大人なら。ていうか、あなた兄とずいぶん年が離れてますよね。どこで知り合ったんですか。あと、兄と本当に付き合ってるんですか?」
紗江が一気に捲し立てた。
「年は関係ないでしょう」
引っかかったらしくアラレが紗江を睨みつけた。
「関係ないけど、はたからみたら違和感あるなとかって理解はしてもらえますよね」
年上女と年下男のカップルって、ぶっちゃけ美男美女でないとさまになんねえし。ていうかべつにあんた貢いでいるわけでもないんでしょ。こういうの、一人相撲って言うんですよ。
そう続けてやりたかったが、さすがに紗江もそこまで言うのは躊躇われた。
目の前のおばさんは、なんだかよくわからないけど、一昔前の少女漫画の悲劇のヒロインみたいになっている。
どうせそんな漫画や小説ばっか読んできたんだろうな、お花畑でいやがる。
ああ、いけない、マジで言葉が溢れてくる。でも言ったらやばい。カバンの中に刃物あったら危険だし、自分たちに襲いかかってこられてもこまるけど、ここで自殺みたいなことやらかされても迷惑すぎる。
「紗江」
清子が言った。お前が言いたいことはわかっている、と言いたげだった。
「この人自分の主張ばっかで意味わかんないんだもん。どうしろっていうんですか」
でてくる言葉を選び、取捨したら、わりとずばりなことを言ってしまった。
「隆史さんと、もう一度お話したいんです」
嗚咽しながら、アラレが言った。
バツの悪い間が起きた。
「それならそうとはっきりいえばいいじゃん」
あーあ、わたし、加害者っていうかいじめっこじゃん、最悪、と不貞腐れるように言った。
「紗江」
清子が言った。「すみません……」アラレに謝罪すると、
「妹さん、はっきりされてますね……」
アラレは上目遣いで言った。髪が乱れ、片目だけ見える。怖い。
「すみません」
「いずれ痛い目見ますよ」
その言葉に清子は一瞬制御できなくなって、アラレの頭を引っぱたいてしまった。
「あ」
清子が自分のしてしまったことにびっくりして言った。
「姉さん! すみません……」
弥生が謝る。
姉はおっとりしているが、急にそれが限界になり見境がなくなってしまうのだ。
「暴力家庭……」
叩かれたところをい撫でながら、アラレがうめいた。
「帰ってください」
弥生は言った。
「弥生」
清子は弥生の毅然とした態度を見て、言った。止めたわけではない。同じ思いであることが頼もしかった。
「隆史にはあなたがいらっしゃったことはお伝えしておきます。ですが、わたしたちがあなたと隆史の仲をどうこうすることはできません」
弥生は続け、深々と頭を下げた。
清子も続いた。
「弥生姉ちゃん、なにかっこいいことしてんの……」
紗江はといえば、感心していた。
清子が紗江の頭をつかみ、下げさせた。
「今日のところは帰らせていただきます」
アラレは憎々しげに言った。
「金輪際、いらっしゃらないでください」
弥生が頭を下げたまま言った。
「そうそう、わたしと隆史さんがどこで出会ったか、お伝えしてませんでしたね」
アラレがタブレットをバッグに戻しながら言った。
「聞く必要はありません」
弥生が言うのにかぶせて、
「タルホっていう店です」
勝ち誇った物言いをアラレはした。「そこのボーイなんですよ、隆史さん。男とも女とも相手している。二万円で二時間、彼を買えますよ。女の子には人気がないみたい。隆史さんみたいな内面のよさは、女ってどうでもいいから。でも男にはずいぶん人気みたい。いまは、休んでるけど」
アラレは去っていった。
しばらく、三人は呆然としていた。
「……隆史に電話する?」
最初に言葉を口にしたのは清子だった。
「しないでもいいわよ、そんなの」
弥生がよっこいしょ、と言って立ち上がった。
「塩まいとく」
紗江が台所へ向かっていった。
「あの人のいったこと、どう思う?」
紗江が思い切り玄関に塩を撒いているのをぼんやり眺めながら、清子は言った。
「別に。お兄ちゃんの勝手じゃん」
紗江は力一杯、投げつけるように撒いていく。じぶんのうさを腹つみたいにして。
「それより、絶対剛力アラレって偽名よね」
弥生は言った。「面白いとか思ってんのかしら、そんな名前」
ずっと曇り空だった空から、ぽつぽつと雨が降り出し、次第に雨足が強くなっていった。
アラレは言った。
「そうなんですか?」
弥生はうんざりしながら相槌を打った。
「お姉さんご興味ないんですか? 隆史さんのこと」
「弟が東京でなにしてるのかまでは……」
「もしかして、家族仲、あまりよろしくないんですか」
アラレが軽くのけぞった。「怖い」とでも言いたいらしうく、胸に手を当ててている。
「は?」
なんだこいつ、と弥生は顔をしかめた。
「弟さんに興味がおありでないようですし」
「そんなことないですよ。失礼な」
「隆史さん、大学にほとんど行ってないですよ」
「え?」
さすがにそれには清子も驚いて声をあげた。
「パチンコしてるかバイトしてるか、ユーチューブ見るかしかしてませんし」
指折り数えながらアラレは言った。片手で数えられるほどにたいしたことをしていない。「お兄ちゃん趣味とかないし、そりゃそうだ。ていうかうちにいるときとまったく変わんな……」
紗江は言った。
「このままだと大学も留年してしまうんじゃないでしょうか。単位足りてないみたいだし。まあ、文学部なんていったところで、って部分ありますけどね。あの人の部屋、漫画しか本ないし」
なんとなくだが、自分は隆史の部屋に入ったことをアピールしているみたいだった。なんでよりのよってこんな女を入れたんだ、と女たちは思った。
隆史よりも年上だ。二十五歳になった弥生より、三十手前の清子よりも年配に見える。そもそもメイクが今風ではないし、一見若作りの格好をしているけれど、肌や風情は年を隠すことはできない。
「ちょっといいですか」
紗江が授業で先生に質問でもするかのように手を挙げた。
「はい」
アラレの方も、紗江を指差し促した。
「剛力さんは、兄と付き合ってる、ってことでいいですよね」
さすがに口にするのも嫌だったけれど、言った。
「……メイビー」
なに芝居がかったこと言ってんだ、と弥生は憎らしかった。絶対こいつ、トレンディドラマの主人公でも気取ってる。いまどき流行らないってえの。
「で、最近兄が剛力さんを避けてる、と」
紗江が続けた。
「客観的に見て、そうかもしれません」
わざとらしくアラレがため息をついた。
「で、なにしにうちにきたんですか?」
紗江が言った。
「……もう一度やっぱり説明しましょうか」
とアラレはタブレットを手にしようとし、
「いいです、パワポで説明、いいです。弟が東京でしょうもない生活を送ってるってことはわかりましたから。想像ついてましたし。大学だって滑り止めの滑り止めみたいなとこ入ったわけだし、そりゃモチベーションも下がってるだろうなってこともわかります」
清子が慌てて言った。
「だったら、」
アラレが清子の倍なにか言いそうになろうとしたとき、
「ストップ。兄がしょうもない生活を送ってるのと、剛力さんとのおつきあいがなんとなくグダグダになってるのって、わたしたちにいうことですか?」
紗江が言った。
「紗江……」
よくぞ言った、と思いながらも、さすがにまずい。清子は紗江の腕をゆすった。
「お兄ちゃんだってもうハタチだしさ、そんなだれと付き合おうとか別れようとかってきょうだいがどうこう問題でもないじゃん」
「別れる? 隆史さん、わたしと別れるつもりなんですか?」
アラレが信じられない、と叫んだ。
「わからないですけど、でも可能性としてはありますよね、客観的に見て」
紗江が言うと、アラレは急に床に崩れた。大芝居である。ずっと正座していたから足が辛かったのかもしれない、ミニスカートから伸びている大根足がぶるぶると震えていた。
「ええ……」
これ、あたし加害者? こいつ被害者気取り? さんざんうちらを煽っておいてなんなの?
そして聞きたい。
うちのお兄ちゃん、そこまで執着するほどの男か?
「絶対そんなの許せない……ありえるはずがない……」
足だけでなく、アラレは全身を震わせて言った。
「大丈夫ですか……」
さすがに心配になり清子が声をかけた。警察より、救急車のほうが必要なのだろうか。
「ひどいじゃないですか。一体わたしのなにがいけないっていうんですか」
アラレが哀れぶって言った。
「落ち着いてください……お茶どうぞ……」
弥生が机にあるお茶をアラレの方に寄せた。
「いりません。水分とりすぎるとむくむし」
アラレの言葉に、こいつにぜったい優しい言葉なんてかけてやるものか、と弥生は思った。
「いちおう聞いておきたいんですけど、隆史、あなたにお金を借りたりしているんじゃないですよね」
弥生が冷たく言った。
「隆史さんはわたしがいくら食事代を支払おうとしても、絶対に割り勘にします。弟のことを信頼してないんですか」
だかお前はどういう立場なんだよ、とアラレが怒るのを一同は醒めた目で眺めていた。
「そういうわけじゃないですけど、ねえ」
と、弥生は清子に目くばせした。
はい、と再び紗江が手を挙げた。
「困る、っていってるんです。わたしたちが借金の連帯保証人になってるわけでもないってことですよね。兄が東京でどんなしょうもない生活をしてるかとかって、報告しにきたわけじゃないんでしょ。あなたとお兄ちゃんがもう一度付き合えるようになんとかしろっていったって、関係ないことだし、そもそも男と女のことを外野がとやかくいうことできないでしょ。うちらアマゾンじゃないんだから、兄貴一人ポチッと注文されたら即日配送みたいなことできませんし。そういうのわかりますよね、いい大人なら。ていうか、あなた兄とずいぶん年が離れてますよね。どこで知り合ったんですか。あと、兄と本当に付き合ってるんですか?」
紗江が一気に捲し立てた。
「年は関係ないでしょう」
引っかかったらしくアラレが紗江を睨みつけた。
「関係ないけど、はたからみたら違和感あるなとかって理解はしてもらえますよね」
年上女と年下男のカップルって、ぶっちゃけ美男美女でないとさまになんねえし。ていうかべつにあんた貢いでいるわけでもないんでしょ。こういうの、一人相撲って言うんですよ。
そう続けてやりたかったが、さすがに紗江もそこまで言うのは躊躇われた。
目の前のおばさんは、なんだかよくわからないけど、一昔前の少女漫画の悲劇のヒロインみたいになっている。
どうせそんな漫画や小説ばっか読んできたんだろうな、お花畑でいやがる。
ああ、いけない、マジで言葉が溢れてくる。でも言ったらやばい。カバンの中に刃物あったら危険だし、自分たちに襲いかかってこられてもこまるけど、ここで自殺みたいなことやらかされても迷惑すぎる。
「紗江」
清子が言った。お前が言いたいことはわかっている、と言いたげだった。
「この人自分の主張ばっかで意味わかんないんだもん。どうしろっていうんですか」
でてくる言葉を選び、取捨したら、わりとずばりなことを言ってしまった。
「隆史さんと、もう一度お話したいんです」
嗚咽しながら、アラレが言った。
バツの悪い間が起きた。
「それならそうとはっきりいえばいいじゃん」
あーあ、わたし、加害者っていうかいじめっこじゃん、最悪、と不貞腐れるように言った。
「紗江」
清子が言った。「すみません……」アラレに謝罪すると、
「妹さん、はっきりされてますね……」
アラレは上目遣いで言った。髪が乱れ、片目だけ見える。怖い。
「すみません」
「いずれ痛い目見ますよ」
その言葉に清子は一瞬制御できなくなって、アラレの頭を引っぱたいてしまった。
「あ」
清子が自分のしてしまったことにびっくりして言った。
「姉さん! すみません……」
弥生が謝る。
姉はおっとりしているが、急にそれが限界になり見境がなくなってしまうのだ。
「暴力家庭……」
叩かれたところをい撫でながら、アラレがうめいた。
「帰ってください」
弥生は言った。
「弥生」
清子は弥生の毅然とした態度を見て、言った。止めたわけではない。同じ思いであることが頼もしかった。
「隆史にはあなたがいらっしゃったことはお伝えしておきます。ですが、わたしたちがあなたと隆史の仲をどうこうすることはできません」
弥生は続け、深々と頭を下げた。
清子も続いた。
「弥生姉ちゃん、なにかっこいいことしてんの……」
紗江はといえば、感心していた。
清子が紗江の頭をつかみ、下げさせた。
「今日のところは帰らせていただきます」
アラレは憎々しげに言った。
「金輪際、いらっしゃらないでください」
弥生が頭を下げたまま言った。
「そうそう、わたしと隆史さんがどこで出会ったか、お伝えしてませんでしたね」
アラレがタブレットをバッグに戻しながら言った。
「聞く必要はありません」
弥生が言うのにかぶせて、
「タルホっていう店です」
勝ち誇った物言いをアラレはした。「そこのボーイなんですよ、隆史さん。男とも女とも相手している。二万円で二時間、彼を買えますよ。女の子には人気がないみたい。隆史さんみたいな内面のよさは、女ってどうでもいいから。でも男にはずいぶん人気みたい。いまは、休んでるけど」
アラレは去っていった。
しばらく、三人は呆然としていた。
「……隆史に電話する?」
最初に言葉を口にしたのは清子だった。
「しないでもいいわよ、そんなの」
弥生がよっこいしょ、と言って立ち上がった。
「塩まいとく」
紗江が台所へ向かっていった。
「あの人のいったこと、どう思う?」
紗江が思い切り玄関に塩を撒いているのをぼんやり眺めながら、清子は言った。
「別に。お兄ちゃんの勝手じゃん」
紗江は力一杯、投げつけるように撒いていく。じぶんのうさを腹つみたいにして。
「それより、絶対剛力アラレって偽名よね」
弥生は言った。「面白いとか思ってんのかしら、そんな名前」
ずっと曇り空だった空から、ぽつぽつと雨が降り出し、次第に雨足が強くなっていった。