「えーと、ごめん、そういうギャグは好きじゃない」
主水が立ち上がり、両手を上げた。
「お久しぶりです、岡田先生」
隆史は落ち着いて、言った。
「悪いけど記憶にない」
主水は言った。
目の前の男に見覚えはない。
「大西隆史です」
「大西……、ということは大西紗江の」
なんで呼んだやつの親族が俺に銃を向けているんだ。不条理だ。ナンセンスコメディか? あ、もしかしてこれ、テレビ? バラエティの企画ものには出ないことにしているっていうのに、マネージャーのやつ。
主水が部屋を見回した。どこかにカメラがあるのか?
「兄です」
隆史が言った。
「ああ……。で、なんで僕に銃を向けてるわけ」
これがバラエティだったら、いちおう怯えた振りしておいたほうがいいよな。おいしくない。いや、いきなりキレてこいつをぶん殴ったら雛壇芸人たちがいい表情をワイプに残せるか?
「神様は岡田主水を生き返らせたのに、吉村美保は生き返らせなかったんですか」
隆史が言った。
そして主水は気づいた。
これはバラエティじゃない。さすがに令和のテレビでこれは不謹慎すぎる。
「……美保の同級生?」
主水は訊ねた。
で、あるならば、俺はいま、おかしなやつに狙われている?
「なんでですか」
主水質問に答えず、隆史は聞き返した。
「それは、彼女が生きていたくなかったからだろう」
主水が言うと、隆史が黙った。
少しづつ、離れながら、主水は続けた。
「あのとき僕らは同じ量の睡眠薬を飲んで、効きはじめたとき飛び降りた。太宰治にかぶれてたもんでね。でも、僕だけが生き残った。これも太宰の影響というわけではないと思うんだけどなあ」
「なにをいってるんだあんた。人が死んだんだぞ」
「あのさ、たしかに彼女だけが死んでしまったことは申し訳ないことをしたよ、もっといえば教師と生徒という立場でこんなことになってしまったこともね。彼女の父兄になんて謝ったらいいか、いまでもわからない。なんかいま、君に謝んなきゃいけない雰囲気になってるんだけどさ、これ。謝んなきゃいけないの?」
主水は言った。
いちかばちかの賭けだ。
俺の言葉が勝つか、目の前の男の激情が指に力をこめるか。
「俺はなにもいってない」
「いやこれ完全にそういう空気だよね、僕が床に頭くっつけて謝ればいい感じ? 別にしてもいいよ。プライドとかそういうの、黄泉の国に捨ててきたしね。もしかして美保のこと好きだったとか?」
こいつ、迷っていやがる。
どうやらただのいかれたやつではないらしい。
であるならば、
「そういう甘酸っぱいの嫌いじゃないよ。ぼくね、むかし『きまぐれオレンジロード』ってのが好きだったんだ。三角関係の話でさ、最後に主人公の男がいうんだよな、『光ちゃんはライクで、鮎川はラブ』って」
なにを言っているのかわからないらしく、隆史は困惑した表情を見せた。
「そういうことじゃないの? 君はライクで、主水はラブ、みたいな」
主水が鼻で笑った。
ここでぶっころす、とかなんとか言い出したところで、ソファにあるクッションを思い切り投げつける。そして相手が動揺した隙に体当たりするか、それとも逃げ出すか。ドアまでの距離が遠い。ならば……。
「そうだよ」
隆史が顔を俯かせた。しめた。
「ん?」
「そうだよ、そういうことだよ、だからどうだっていうんだよ!」
隆史が狙いを定めた。
クッションを手にしたが、遅い。
こりゃ無理だ。であるならば、自分の言葉でこいつを壊してやるしかない。
ペンは銃よりも、強い。
「いいよ、殺しても」
主水はお手上げ、のポーズをしてクッションを落とした。ぼふ、と間抜けな音が小さくした。
「撃てないって思ってんのかよ」
「そうじゃなくてさ、別に死ぬのとか怖くないし。また花畑いくだけだからさ。おばあちゃんの声に従っていけば大霊界にいけるんだろうしね。ああ、美保に会えるかもしれないな。伝えておいてやろうか、大西紗江のお兄ちゃんのおかげで君に再会できたよって、『やっと会えたね』ってさ」
「うるせえ!」
隆史が叫んだ。
俺の抱負が冷静だ。もしこいつが発砲しても、俺は負けない。
撃たれたとしても「絶対に生きている」自信がある。なんならこれもネタの一つになるかもしれない。出版不況だが、スピ本は儲かる。
「きみはあれだね、うちのセミナーにきたら? 吉村美保に会わせてやろう。最近は自分の脳内がアップデートされまくっていてね、降霊術も体得した気がするんだ。ほら、天にいる美保を降ろしてやろうか」
主水の指差す方向を怪訝な表情をして隆史が見た。
「いいか、撃つぞ」
隆史が気を取り直し言った。
「僕を撃ったら美保とは会えないぞ。恐山のイタコよりも精密に僕は霊をおろすことが可能だ。東北訛りの美保とか、そういった甘い降霊はしない」
主水が隆史に近づく。
「こういうことだってできるんだけど、試してみようか。はああああああ」
気を溜めるていの主水に、隆史は後ずさった。
びびらせて、仕留める。
「ダイヤ『モンド』ダストおーーーーーーー!」
と主水が固めた拳を振り下ろしたときだ。
隆史が絶叫し、撃とうとした瞬間、遠くで叫び声が聞こえた。
主水が立ち上がり、両手を上げた。
「お久しぶりです、岡田先生」
隆史は落ち着いて、言った。
「悪いけど記憶にない」
主水は言った。
目の前の男に見覚えはない。
「大西隆史です」
「大西……、ということは大西紗江の」
なんで呼んだやつの親族が俺に銃を向けているんだ。不条理だ。ナンセンスコメディか? あ、もしかしてこれ、テレビ? バラエティの企画ものには出ないことにしているっていうのに、マネージャーのやつ。
主水が部屋を見回した。どこかにカメラがあるのか?
「兄です」
隆史が言った。
「ああ……。で、なんで僕に銃を向けてるわけ」
これがバラエティだったら、いちおう怯えた振りしておいたほうがいいよな。おいしくない。いや、いきなりキレてこいつをぶん殴ったら雛壇芸人たちがいい表情をワイプに残せるか?
「神様は岡田主水を生き返らせたのに、吉村美保は生き返らせなかったんですか」
隆史が言った。
そして主水は気づいた。
これはバラエティじゃない。さすがに令和のテレビでこれは不謹慎すぎる。
「……美保の同級生?」
主水は訊ねた。
で、あるならば、俺はいま、おかしなやつに狙われている?
「なんでですか」
主水質問に答えず、隆史は聞き返した。
「それは、彼女が生きていたくなかったからだろう」
主水が言うと、隆史が黙った。
少しづつ、離れながら、主水は続けた。
「あのとき僕らは同じ量の睡眠薬を飲んで、効きはじめたとき飛び降りた。太宰治にかぶれてたもんでね。でも、僕だけが生き残った。これも太宰の影響というわけではないと思うんだけどなあ」
「なにをいってるんだあんた。人が死んだんだぞ」
「あのさ、たしかに彼女だけが死んでしまったことは申し訳ないことをしたよ、もっといえば教師と生徒という立場でこんなことになってしまったこともね。彼女の父兄になんて謝ったらいいか、いまでもわからない。なんかいま、君に謝んなきゃいけない雰囲気になってるんだけどさ、これ。謝んなきゃいけないの?」
主水は言った。
いちかばちかの賭けだ。
俺の言葉が勝つか、目の前の男の激情が指に力をこめるか。
「俺はなにもいってない」
「いやこれ完全にそういう空気だよね、僕が床に頭くっつけて謝ればいい感じ? 別にしてもいいよ。プライドとかそういうの、黄泉の国に捨ててきたしね。もしかして美保のこと好きだったとか?」
こいつ、迷っていやがる。
どうやらただのいかれたやつではないらしい。
であるならば、
「そういう甘酸っぱいの嫌いじゃないよ。ぼくね、むかし『きまぐれオレンジロード』ってのが好きだったんだ。三角関係の話でさ、最後に主人公の男がいうんだよな、『光ちゃんはライクで、鮎川はラブ』って」
なにを言っているのかわからないらしく、隆史は困惑した表情を見せた。
「そういうことじゃないの? 君はライクで、主水はラブ、みたいな」
主水が鼻で笑った。
ここでぶっころす、とかなんとか言い出したところで、ソファにあるクッションを思い切り投げつける。そして相手が動揺した隙に体当たりするか、それとも逃げ出すか。ドアまでの距離が遠い。ならば……。
「そうだよ」
隆史が顔を俯かせた。しめた。
「ん?」
「そうだよ、そういうことだよ、だからどうだっていうんだよ!」
隆史が狙いを定めた。
クッションを手にしたが、遅い。
こりゃ無理だ。であるならば、自分の言葉でこいつを壊してやるしかない。
ペンは銃よりも、強い。
「いいよ、殺しても」
主水はお手上げ、のポーズをしてクッションを落とした。ぼふ、と間抜けな音が小さくした。
「撃てないって思ってんのかよ」
「そうじゃなくてさ、別に死ぬのとか怖くないし。また花畑いくだけだからさ。おばあちゃんの声に従っていけば大霊界にいけるんだろうしね。ああ、美保に会えるかもしれないな。伝えておいてやろうか、大西紗江のお兄ちゃんのおかげで君に再会できたよって、『やっと会えたね』ってさ」
「うるせえ!」
隆史が叫んだ。
俺の抱負が冷静だ。もしこいつが発砲しても、俺は負けない。
撃たれたとしても「絶対に生きている」自信がある。なんならこれもネタの一つになるかもしれない。出版不況だが、スピ本は儲かる。
「きみはあれだね、うちのセミナーにきたら? 吉村美保に会わせてやろう。最近は自分の脳内がアップデートされまくっていてね、降霊術も体得した気がするんだ。ほら、天にいる美保を降ろしてやろうか」
主水の指差す方向を怪訝な表情をして隆史が見た。
「いいか、撃つぞ」
隆史が気を取り直し言った。
「僕を撃ったら美保とは会えないぞ。恐山のイタコよりも精密に僕は霊をおろすことが可能だ。東北訛りの美保とか、そういった甘い降霊はしない」
主水が隆史に近づく。
「こういうことだってできるんだけど、試してみようか。はああああああ」
気を溜めるていの主水に、隆史は後ずさった。
びびらせて、仕留める。
「ダイヤ『モンド』ダストおーーーーーーー!」
と主水が固めた拳を振り下ろしたときだ。
隆史が絶叫し、撃とうとした瞬間、遠くで叫び声が聞こえた。