遠くで不愉快な声が聞こえた。
「もうなんか早めにきちゃってねえ、すみませんねえ、ほら、待つのにもねえ、人がいると、ねえ、いちおう最近はテレビにも出てるし。このへんでも流れてますかねえ、レギュラーで……。ファッションにも最近口うるさくなっちゃって、もう大変なんですよ、モンドサインはあれですよ、ご利益ありますよ。字ってのはね生き様なんですよ、それでねえ、言霊。パワー入れときましょうかね、飾るとね、風水的にいいんですよ、南の方角にね……」
 式場のスタッフ? らしき男を従え、主水がやってきて、隆史たちの横を通り過ぎた。かつての教え子のことを気づいていないらしい。
「モンド?」
 紗江が驚いた顔をした。
「なんでここに……」
 三四郎もまた呆然としていた。そして隆史を見た。
「俺が呼んだ」
 隆史が無表情で答えた・
「どういうことだ」
 三四郎が聞き返した。
 俺が見たものとは、違う。
 なにかがずれた。
 あるいは、見た後で、隆史が変えた?
 なんてことをするんだ。
 いままでこんなことはなかった。三四郎は同様していた。イレギュラーすぎる。
 そして、三四郎は気づいた。
 そうか。自分は、「自分が見えている」ものだけを信じていた。盲目的に。そして、横にいる男の意外な行動に、負けた。
 屈辱的でありながら、清々しさもどこかあった。
「俺が呼んだ。手紙を書いたよ、お前の名前で。先生の授業はわたしの人生を変えました。同級生のみんなも先生に会いたがっています、もしよかったら、教え子の結婚式にいらしていただけませんでしょうか、って」
「お前、ここでやる気か」
 まだ元に戻るチャンスはあるぞ、といい含めながら、三四郎が言った。
 高速で、新しい未来の最適解を探そうとしたが、できなかった。もうフリースタイルで行くしかない。
「うん」
 隆史が頷いた。
「なに? なにをやるの?」
 紗江が怖がっている。
「昭二はいいやつだから」
 隆史が言い含めるように言った。
「やめてよ、なんで睨んでるのよ」
 紗江は思った。いつもの、私の知っている兄ではない、いまさら、新たな一面を見てしまった。
「睨んでないよ」
「顔、怖いよ……」
 やめてよ、といいたかった。なにをやめてほしいのかわからなかったけれど。
「武器、いる?」
 三四郎が言った。
「武器?」
 紗江が驚いて聞き返した。
「大丈夫」
 隆史はしっかりと言った。そして主水のあとを追っていった。
「お兄ちゃん」
 隆史が見えなくなったとき、紗江が我に帰って追いかけようとしたとき、三四郎は紗江の肩をつかんだ。
「大丈夫だって、隆史もいってたから」
「なんなんですか、武器って、あの顔……。モンドをなんで呼んでるの……」
「絶対に大丈夫ですから。あいつは、大人だから」
 三四郎に掴まれた肩が痛い、と紗江は思った。
「俺たちが思っている以上に、大人なんだから」
 首を振る三四郎が、とても悲しそうだった。