深夜に三四郎は目を覚ました。
 そして暗闇のなかで隆史を見た。
 いびきをかいて、太平楽だ。
 こうなってしまったら、もう新しい世界だ。関係は結局変わらないだろうが、見え方が変わる。
 結局世界とは、自分がどう見るか、なのだ。
 身も蓋もない話だ。
 美保。
 三四郎は集中した。
 坐禅をし、呼吸を整えた。そしてその呼吸を意識した。一種の瞑想状態に自分を誘う。
 美保。
 お前は突っ走っていった。
 自分自身を嫌悪しているくせに、自分のことを大した人間だと思っていた。若者らしい傲慢さで。
 お前はずっと、暗闇の中にいる。
 そこは教室だ。
 幸福が再現される。
 陳腐な。
 それでいてかけがえのない。
 しかしそれを自ら壊してしまう。
 クラスメートたちの死体の中心に、お前がいる。
 何遍も無限に繰り返す。
 それを地獄と言ってもいいだろう。
 永久に終わらないことを、そう呼ぶ。
 しかし、お前は救われるかもしれない。
 べつに俺はお前を救いたいなんて思わない。
 自業自得だ。
 そもそもお前のことを大嫌いだったしな。
 でも。
 お前のことを助けてやれるかもしれない。
 それは、お前のことをとても大切に思っているやつのためだ。
 礼はいらない。
 まあそもそもお前が言うわけないか。性格最悪だったし、俺のこと、嫌いだったもんな。虫以下扱いだったし。
 わかるよ。
 俺も俺が嫌いだし。
 そういう意味では似たり寄ったりだな。
 でも、俺は地獄に行ってもかまわない。
 大事なものがあるから。
 俺とお前の違いはそれだけだ。
 自分以外で大切なものがあるかいなか。
 道徳みたいな話じゃない。
 倫理かもしれない。
 お前の大好きな。
 主水の大好きな。
 人間の思考の限界を、俺が超える。
 もう一度、隆史がお前と再会できるように、してやるよ。
 俺はできる。
 これは傲慢な思い込みではない。
 俺は、お前や主水みたいな偽物とは違うってことさ。
 さまざまな映像が頭に流れ、そしてそれを三四郎は捨てていった。
 流れるがままにして、呼吸し続けていた。
 そして、暗い部屋、懐かしい教室に精神がたどり着いた。
「おなかすいた」
 美保がつぶやいて、腹をなでた。
 そばで倒れていた一人が、美保の足をつかんだ。その手を容赦なく振り払い、蹴った。
「箱を開けると何か黒いものが飛び出した
 ハッと思うまにどこかへ見えなくなった
 箱の中はからっぽであった
 それでその晩眠れなかった」
 三四郎がいった。暗唱できるくらいに読んだ本の一節だった。
「なんだお前」
 彼女は睨みつけた。
「君は、開けてしまったから。もう戻れない」
「だから? ここ、どこ?」
 雨の音が、教室の外から聞こえてきた。
「いま、現実では雨が降り出した」
 三四郎は言った。