アラレが咳払いした。
「この出し物にはね、弥生さんの妹さんへの愛が詰まっているの、それをイメージして、わたしが振り付けしたの」
 いや、ボックスステップからの謎の手の動き、そしてサビが来たら妙に前衛的なダンスで、体育で適当にやっていた創作ダンスみたいじゃないか。
 そんなことを言ったとて、年配三人には全く伝わらないだろう。
「弥生が無理言ってすみません……」
 清子が深々と礼をした。
「このフォーメーション、最高……」
 弥生は感極まっているようである。
 どこが? とかなみは思い、愛子に同意を求めたが、ぶつぶつ言いながら振りを確認している。
「ただちょっと体がついてけないけどね……」
 清子が腰を叩いた。
「年齢の問題じゃないわよ、気合いの問題、もっといったらあなたたちちの愛情が試されてるのよ」
 アラレがもっともらしいことを言ったが、どう見てもカオス。精神論だけで話がまとまるわけがなかろう。
「本気でわかんないんですけど」
 かなみが、ちょっと待て、と切り出したときだ。
「あなた!」
 アラレが急に愛子を指差した。
「はい!」
 愛子は元気よく返事をした。これじゃ部活だ。
「全力で踊るのはいいけどね、少しは回りとあわせなさい」
「アクターズスクールでは全力で踊れっていわれてたんです」
 面白いとでも思っているのか、愛子が堂々と言った。
「いってねえだろそんなとこ」
 かなみがかったるそうに突っ込むと、
「じゃあKポップでいいや」
 と負けないで重ねてきた。
「あんたはね、アイドルグループの後ろのほうにいるガヤなの。メインは清子さんと弥生さん」
 アラレがぴしゃりと言った。
 こいつ、なんだかんだ愛子のネタにかぶせてきやがる。
「うっ……」
 再び弥生がうずくまった。
「大丈夫ですかほんとに」
 かなみが言った。そこに心配するニュアンスはなかった。もうどうでもいいからこの茶番、さっさと終わってくれないものか、というのが見え見えだった。
「わたしね、憧れてたのよ……自分の結婚式で友達がね、安室ちゃん歌ってくれるのを……みんなで『天使にラブソングを』みたいな格好してくれて……本当、夢だったの」
 弥生が言った。
 自分は踊るほうのはずなのに、どうやら弥生は、自分のウエディングドレス姿を幻視しているのかもしれない。
 なんて都合のいい人なんだろうか。
「天使に……え?」
 どういうことだ? かなみが聞き返すと、
「弥生、大好きだったからねえ」
 と清子はしみじみとしている。
 え、ダンスだけでも相当恥ずかしいのに、まさか。
「明日、東京衣裳さんから一式届くから、修道女の衣裳」
 アラレが当たり前のように言った。
「はい?」
 かなみは、くるんじゃなかった、と思った。なんであのとき、電話に出てしまったのだろうか。過去の自分よ、なんてことをしてくれたんだ。
「ドーラン黒いの各自用意しときなさいよ。ないなら貸してあげるけど、自分用を用意しておくと、いつ何時踊ることになるかわからないし、便利よ」
 アラレが言った。
 いつ何時なんて、もうねーよ。
「まじかよ……、ねえ、愛子……」
 かなみは愛子に同意を求めた。やってられるか。
「個性を殺す……どうしたら……」
 ぶつぶつと愛子がつぶやく。うわ、最悪。こういうの愛子、大好きなんだった。完全にアラレたちのおかしな世界の住人になっちゃってるよ。
 味方、もしかして誰もいないの?
 そのとき、かなみは気づいた。
「なに本気になってんの。ちょっと稔」
 稔は疲れた、といってしばらく部屋の隅っこで座りこんでいた。
「なんだよ」
「なんなのこのシュールな空間」
「知らねえよ、もう俺辞めるわ」
 稔が部屋から出て行こうとしたときだ。