アラレが二人に立ちはだかった。
「アラレさん……」
隆史が声をかけた。
アラレはゆらゆらと揺れていた。
「年をとると……重くなるの、小さい頃はアラレちゃんとかいわれてペンギン村からきーんとやってきたくらいの気持ちでいたのに、三十過ぎて、四十も間近に迫ってくると、アラレって名前が重いのよ……」
「あんた、大丈夫か?」
三四郎が言った。完全にやばいやつだ。
「だいじょばないから、ほんとだいじょばないから。二十歳になったら変わるとか、三十過ぎたらおちつくとか、四十になったら惑わないとか、全部嘘だから、嘘なんだから……」
アラレはうわごとのようにつぶやいた。そして、着ていたトレンチコートから、何かを取り出した。
「ええっ」
隆史はそれを見て、引いた。
拳銃だった。
「これどこで手に入れたのとか聞いたって無駄よ。そんなのどうにでもなんの。私名義の定期一個解約したけどね……、親が太いニートの動かせる金なめんなよって話よ」
ははは、と自嘲義海にアラレは笑った。
隆史は全く笑えなかった。横にいる三四郎も、睨みつけていた。動いたら、発砲しかねない。西荻窪の路地で銃声が鳴ったら、ただごとではない。
「おちつけって、西荻で発砲事件とか起こすのとかやめてくれよ」
三四郎が言った。
こちらは引きになるようなものはない。手元には、濡れたタオルと石鹸箱の入ったコンビニ袋しかなかった。これを投げつけたところで。
どうする?
「西荻だって新宿だって、起きるときは起きるのよ……」
銃を構えながらアラレがにじりよった。
もうどうにでもなれ、とでも思っているらしい。
無敵の人、自分をそう思っているやつが一番迷惑だ。なんとかやりすごしたとて、今後もまた襲ってくる可能性だってある。
「アラレさん、とにかく、よそう、いまはよそう」
隆史が両手を上げながら言った。
「いましなきゃいつすんのよ! 明日? 来月? 来年? 来年には四十よわたし!」
アラレが怒鳴った。
正直、アラレの実年齢が今明かされた、なんてのんきに思える余裕はない。
「とにかく、そんな物騒なもの下ろして! ね!」
三四郎もまた、手を上げて言った。
「あんたたち、できてんの?」
アラレが言った。
「はい?」
隆史はなにを言っているのかわからなかった。
「できてんでしょ。なんかそういう感じの空気出してるでしょ。二人だけだけでこそこそ秘密共有してますよ、みたいな、そういうむかつく空気」
「出してない、出してないから」
「このおばはん、頭腐ってやがる」
三四郎は呆れていた。
「なんでよ……なんでわたしに貢がせてくれないのよ……」
アラレの構えていた銃口が下を向いた。
「はい?」
三四郎が頭を捻った。
もうこのさい、誰か通ってくれないだろうか。そして大事になったほうがいいのではないか。
そのほうが、なんならマシだ。警察にこいつを捕まえてもらって、しばらく留置所にでもいるあいだに俺たちが行方をくらますしかないのかもしれない。
「隆史くん、わたしには絶対お金を必要以上にもらおうとしないじゃない……、規定の料金しか出させないじゃない。プレゼントもさせてくれないじゃない……。わたし、ダメなの? わたしはお客の一人にしかなれないの?」
アラレの声が嗚咽まじりになっていった。
その様子は、哀れだった。しかし、今の状況で同情することはできない。
「……ごめん」
隆史は謝ることしかできなかった。
しかし同時に、なんで謝っているのだろうと思った。意味がわからなかった。
「隆史くんに会ったとき、わたし、あーやっとわたし、これだって思ったのよ。これでわたしのつまんない人生楽しくなるっておもったのよ。お金全部なくしてもいい。いいじゃんそのくらい波乱万丈な感じ。むしろ望んでたんだよ、ダメになんの、って」
アラレが再び銃口を隆史に向ける。
「アラレさん、やめなよ」
「やめたくない」
アラレが駄々っ子のように首を振った。まるで子供だ。おもちゃを手に入れるために泣き喚いているようなものだった。
自分たちは親でもなんでもない、と三四郎は思った。
泣けば叶う、わめけば道理がひっこむと思っていやがる。三四郎はそんなタイプの人間を憎んでいた。だから同情なんてしてたまるか、と思った。
このまま命を失ったとしても。
なんて陳腐な人生の終わりだ。
昔から世をはかなんでいたが、これかよ。
「あんた、隆史と結婚したいのか、ホストに貢いで破滅したいのかはっきりさせろよ」
三四郎は冷徹に言った。
「なんで上から目線なのよ!」
アラレが三四郎に銃口を向けた。
「上からじゃなくて外からいってんだよ」
もう面倒だ、と思った。
三四郎はアラレに近づいた。
いちかばちか、だ。
「いやっ、くんな!」
人を殺そうとしているくせに、アラレが怯えた。
三四郎はアラレをひっぱたいた。
「撃たねえよこの女。ぎゃーぎゃーお前の前でわめきたかっただけだ」
三四郎はアラレの手を叩き、落ちた拳銃を拾った。
拳銃というのは、撃たなくとも、物騒だ。そのごん、という音すら人の肌を冷やし、そして汗をかかせる。
「ホンモノか? これ」
三四郎は確認した。たしかに、ずっしりと重い。その重みは、凶器によるものだからなのいか。持ち手がべとついていた。
アラレはずいぶんと汗をかいていたらしい。
「アラレさん……」
隆史が声をかけた。
アラレはゆらゆらと揺れていた。
「年をとると……重くなるの、小さい頃はアラレちゃんとかいわれてペンギン村からきーんとやってきたくらいの気持ちでいたのに、三十過ぎて、四十も間近に迫ってくると、アラレって名前が重いのよ……」
「あんた、大丈夫か?」
三四郎が言った。完全にやばいやつだ。
「だいじょばないから、ほんとだいじょばないから。二十歳になったら変わるとか、三十過ぎたらおちつくとか、四十になったら惑わないとか、全部嘘だから、嘘なんだから……」
アラレはうわごとのようにつぶやいた。そして、着ていたトレンチコートから、何かを取り出した。
「ええっ」
隆史はそれを見て、引いた。
拳銃だった。
「これどこで手に入れたのとか聞いたって無駄よ。そんなのどうにでもなんの。私名義の定期一個解約したけどね……、親が太いニートの動かせる金なめんなよって話よ」
ははは、と自嘲義海にアラレは笑った。
隆史は全く笑えなかった。横にいる三四郎も、睨みつけていた。動いたら、発砲しかねない。西荻窪の路地で銃声が鳴ったら、ただごとではない。
「おちつけって、西荻で発砲事件とか起こすのとかやめてくれよ」
三四郎が言った。
こちらは引きになるようなものはない。手元には、濡れたタオルと石鹸箱の入ったコンビニ袋しかなかった。これを投げつけたところで。
どうする?
「西荻だって新宿だって、起きるときは起きるのよ……」
銃を構えながらアラレがにじりよった。
もうどうにでもなれ、とでも思っているらしい。
無敵の人、自分をそう思っているやつが一番迷惑だ。なんとかやりすごしたとて、今後もまた襲ってくる可能性だってある。
「アラレさん、とにかく、よそう、いまはよそう」
隆史が両手を上げながら言った。
「いましなきゃいつすんのよ! 明日? 来月? 来年? 来年には四十よわたし!」
アラレが怒鳴った。
正直、アラレの実年齢が今明かされた、なんてのんきに思える余裕はない。
「とにかく、そんな物騒なもの下ろして! ね!」
三四郎もまた、手を上げて言った。
「あんたたち、できてんの?」
アラレが言った。
「はい?」
隆史はなにを言っているのかわからなかった。
「できてんでしょ。なんかそういう感じの空気出してるでしょ。二人だけだけでこそこそ秘密共有してますよ、みたいな、そういうむかつく空気」
「出してない、出してないから」
「このおばはん、頭腐ってやがる」
三四郎は呆れていた。
「なんでよ……なんでわたしに貢がせてくれないのよ……」
アラレの構えていた銃口が下を向いた。
「はい?」
三四郎が頭を捻った。
もうこのさい、誰か通ってくれないだろうか。そして大事になったほうがいいのではないか。
そのほうが、なんならマシだ。警察にこいつを捕まえてもらって、しばらく留置所にでもいるあいだに俺たちが行方をくらますしかないのかもしれない。
「隆史くん、わたしには絶対お金を必要以上にもらおうとしないじゃない……、規定の料金しか出させないじゃない。プレゼントもさせてくれないじゃない……。わたし、ダメなの? わたしはお客の一人にしかなれないの?」
アラレの声が嗚咽まじりになっていった。
その様子は、哀れだった。しかし、今の状況で同情することはできない。
「……ごめん」
隆史は謝ることしかできなかった。
しかし同時に、なんで謝っているのだろうと思った。意味がわからなかった。
「隆史くんに会ったとき、わたし、あーやっとわたし、これだって思ったのよ。これでわたしのつまんない人生楽しくなるっておもったのよ。お金全部なくしてもいい。いいじゃんそのくらい波乱万丈な感じ。むしろ望んでたんだよ、ダメになんの、って」
アラレが再び銃口を隆史に向ける。
「アラレさん、やめなよ」
「やめたくない」
アラレが駄々っ子のように首を振った。まるで子供だ。おもちゃを手に入れるために泣き喚いているようなものだった。
自分たちは親でもなんでもない、と三四郎は思った。
泣けば叶う、わめけば道理がひっこむと思っていやがる。三四郎はそんなタイプの人間を憎んでいた。だから同情なんてしてたまるか、と思った。
このまま命を失ったとしても。
なんて陳腐な人生の終わりだ。
昔から世をはかなんでいたが、これかよ。
「あんた、隆史と結婚したいのか、ホストに貢いで破滅したいのかはっきりさせろよ」
三四郎は冷徹に言った。
「なんで上から目線なのよ!」
アラレが三四郎に銃口を向けた。
「上からじゃなくて外からいってんだよ」
もう面倒だ、と思った。
三四郎はアラレに近づいた。
いちかばちか、だ。
「いやっ、くんな!」
人を殺そうとしているくせに、アラレが怯えた。
三四郎はアラレをひっぱたいた。
「撃たねえよこの女。ぎゃーぎゃーお前の前でわめきたかっただけだ」
三四郎はアラレの手を叩き、落ちた拳銃を拾った。
拳銃というのは、撃たなくとも、物騒だ。そのごん、という音すら人の肌を冷やし、そして汗をかかせる。
「ホンモノか? これ」
三四郎は確認した。たしかに、ずっしりと重い。その重みは、凶器によるものだからなのいか。持ち手がべとついていた。
アラレはずいぶんと汗をかいていたらしい。