隆史と三四郎が並んで歩いていた。
「なんか、こうしていると、夫婦っぽくね」
 三四郎が言うと、隆史は嫌な顔をした。
「は?」
「いや、こんなふうに二人で一緒の銭湯入って、一緒の部屋に戻るとかさあ」
 三四郎が笑った。
「べつに好きでやってるわけじゃないし」
 剛力アラレのせいだった。隆史へのストーキングがきつくなっている。
 そもそもアラレは、男性のみの利用を目的としている風俗店で、隆史を指名し、出張させた。
 帰ろうとする隆史を、「頼むから、なにもしないでいいから」と止めた。
 たしかにアラレは隆史に肉体関係を求めなかった。
 しぶしぶ一緒に食事をした。
「人とご飯を食べるなんてひさしぶり」
 アラレはうっとりと言った。
 そのとき食べたハンバーグの味が、隆史にはまったくしなかった。
 アラレはそれから数回、隆史を指名した。会って、一緒に食事をし、話をする。
 隆史の話を聞きたがったのに、すぐに自分自身の話を語りだす。
 昔から人とうまく話すことができなかったこと。ひとりぼっちだったこと。あるときから部屋を出られなくなったこと。家族は腫れ物に触れるようにアラレを扱ったこと。二十歳を過ぎた頃から、なんとか家から出て、一人でて買い物をすることができるようになったが、店員とはうまく話すことができなかった。美容院でもうまく美容師に伝えることができず、いつだって自分の本当になりたい髪型にはならない。ネイルだってそうだ。
 漫画やアニメが好きだ。男の子同志の恋愛ものが好き。そこでは女の子はモブだ。なんなら壁みたいな存在で、綺麗な世界を眺めることが好きだ。
 じっさいのゲイは、さまざまで、自分の好きなタイプのゲイはあまりいない。
「俺も、べつにそこらへんのやつだけどな」
 その話を聞いて隆史が言うと、
「あなたは安心する」
 と言った。
「よく店のホームページで選びましたね」
 ボーイは顔にモザイクがかかっていた。それにだいたい画像は修正されている。肌つやをよくしたり、筋肉を増やしたり。
「雰囲気で。これまでたくさん、ネットで男の人の画像を見てきたから、わたしはわかる」
 アラレはきっぱりと、確信を持って言った。
「なにがですか?」
 美少年か否か、だったらハズレではないか。
「わたしに優しくしてくれる人が」
「優しく」
 金をくれたら誰だって優しくするだろう、とそのとき隆史は思い、そしてなにか見抜かれたような気もした。
 そもそも出張でやってきて、そこに女がいたら、即店に電話して帰ってもいいというのに、アラレの切実さに負けた。そういう情にもろそうなところを、アラレは直感したのかもしれなかった。
「それに、きみはガツガツしていない」
「それって」
「お金に困ってないよね」
 ウリをする者は金を欲しがっている。
 時給千円のアルバイトをするより、一時間半客の相手をすれば、そこそこの金が手に入る。
 そして、それに慣れる。
 なかなか普通の仕事に戻ることができない。
 そして年をとっていく。
 店でも、三十を過ぎても年をごまかし若造りして出勤しているボーイがいた。話をしてみると、たしかに長年客商売をしてきただけあり、知識は豊富だ。この仕事が続くのもわかる。しかし、それと同時に、彼らのどうしようもなさ。どこか捨て鉢で、そしてどうとでもなると過信しているのか自分をごまかしているのかわからないが、どこか世の中に対してハスに構えていたり舐めていたりするスタンスが感じられる。一見謙虚のようでいて、どこか傲慢なところがあった。
 自分は仕送りももらっていた。適当なバイトをしていても事足りる。
 しかし、なにか自分が決定的に変わらなくてはならないと感じていた。自分の知らない面を、他人の見せない部分を見なくては、いけない気がした。
 そんなかっこいい理由も嘘なのかもしれない。
 自分いちばん、自分のことを偽っている。
 新宿を歩いていて、おっさんにスカウトされただけで、考えなしだったのを、後付けしているだけなのかもしれなかった。
 アラレは親の金を盗み、隆史を指名し続けた。自分よりも十も以上離れているというのに、なんてことをしているんだ、この女は。その事実を知り、隆史は急に怖くなり、アラレを拒否し、指名をNGにした。
 なぜか、自分の嫌なところをみたような気がした。
 アラレは店や隆史の部屋のそばをいつもうろついている。
「あ」
 三四郎が立ち止まった。「ついに俺のとこまでかぎつけやがった」
 アパートに近づいたとき、道端に佇んでいる女がいた。
 アラレだった。