◆
妖狩り屋敷の一室で瑠衣と政重の二人が向かい合っていた。人払いをしており、周囲に人の気配はない。障子の外は暗い闇で、蝋燭の炎が静かに揺れている。
志乃の四十九日も終わり、悲しみもようやく癒えた頃だっただろうか。大切な話がありますと政重に伝えて、時間をわざわざ空けてもらった。
背筋をしっかりと伸ばし、緊張した声で瑠衣は言う。
「お母様のことでお話があります」
「ほう。どうしたのだ?」
瑠衣とは対照的に、ゆったりとした動作で政重はお茶をすする。そんな政重を見ていると、本当に今から自分がしようとしていることが正しいのか自信が無くなってくる
(果たして本当なのだろうか)
そんな不安を、唇を強く巻で追い払う。自分がやらなければ、この件は永遠に闇の中に葬られてしまう。瑠衣は自分を叱咤して、用意していた書き付けを畳に広げた。
「これは、妖狩りのみなさんに聞いた、お母様の足跡です」
志乃が討伐に向かった妖がいる場所と、その周辺の地図を描いた。そこへ一つ一つ、母の行動を書き入れていた。
「そして、こちらは、一緒に討伐に向かった政重様のもの」
同じに描いた地図をもう一枚開く。こちらには、政重の行動を書いている。それを見て、ほほう、と政重が感嘆したような声を上げた。
「詳細に調べたものだな。瑠衣は戦いよりも偵察に向いているのではなかろうか」
「これを見て、何ともお思いになりませんか?」
瑠衣は、つつつ、と母の行動をなぞる。反対側の手で、政重の行動も同じようになぞり……最後に二人の行動はぶつかった。
「お母様の最期を、政重様は本当にご存じないのでしょうか?」
沈黙が二人の間に落ちた。視線を険しくして睨み付けるような瑠衣に対し、政重の方は変わらず余裕を保っている。
志乃の死に政重が何かしらの関与をしている。瑠衣は初めから疑いを持っていた。なぜなら報告してきたときの政重の身体からは、微かに志乃が焚いていた香の匂いを感じたからだ。まるで、志乃の血の匂いのように。
志乃がいなくなれば、次の妖狩りの長は政重になる可能性は残されていた。動機に関しては十分。
しかし、匂いだけでは証拠にならない。葬儀が終わってから瑠衣は、密かに志乃の当日までの情報を集めていた。仮病を使って鍛錬を休み、現地まで赴いたこともある。そこで自分の考えを裏付けるかのような証拠を掴み、こうして政重と対峙しているというわけだ。
「儂を疑っていたというわけか」
ふふ、と政重の顔に皺が刻まれた。瑠衣は心の中に昏い炎が灯るのを自覚しながら、厳かに告げる。
「はい。お母様が討伐へ出かける前日は、既に何かを悟っているようにも思えました。それが身内からの裏切りを予期していたとあれば、納得もいくものです」
「ふむ。志乃の娘がこれほどまでに聡いとは思わなんだな」
「……それは認めるということでしょうか」
どこかで、嘘だと言ってほしかったと思う自分がいた。妖相手に力及ばず倒れるならまだしも、同じ妖狩りに殺されるとあれば、死んでも死にきれないだろう。
「瑠衣には真実を教えてやる必要がありそうだ」
「真実……?」
それは志乃を殺した言い訳か。かっ、と頭に血が上った。
「お母様の命を奪っておいて、ぬけぬけと――」
「まあ、待つがよい。まだ儂は何も言っておらぬぞ」
脇に置いていた刀に思わず手を伸ばすも、政重の言葉でギリギリ耐える。
「次の討伐じゃ」
「……次の?」
「瑠衣はまだ十三じゃが、実力は十分であろう。妖狩りの初任務に推薦してやろう。見事、成功して帰れば正式に妖狩りの一員じゃ。機密事項にも触れられるようになる」
「機密事項?」
要するに、真実を知りたければ、妖狩りとしての務めを果たせということだろう。
本当ならこの場で斬りかかってやりたかったが、物的なな証拠もないのにそんなことをすれば、こちらのほうが悪いとなってしまう。自分だけならばよいが、舞衣まで巻き込むわけにはいかない。
「……わかりました。約束です」
「うむり。任務に励むがよいぞ」
部屋を退出しながら、瑠衣は背後からの視線に唇を噛みしめていた。まるで己に噛みつかんとするような剣呑な気配だった。
妖狩り屋敷の一室で瑠衣と政重の二人が向かい合っていた。人払いをしており、周囲に人の気配はない。障子の外は暗い闇で、蝋燭の炎が静かに揺れている。
志乃の四十九日も終わり、悲しみもようやく癒えた頃だっただろうか。大切な話がありますと政重に伝えて、時間をわざわざ空けてもらった。
背筋をしっかりと伸ばし、緊張した声で瑠衣は言う。
「お母様のことでお話があります」
「ほう。どうしたのだ?」
瑠衣とは対照的に、ゆったりとした動作で政重はお茶をすする。そんな政重を見ていると、本当に今から自分がしようとしていることが正しいのか自信が無くなってくる
(果たして本当なのだろうか)
そんな不安を、唇を強く巻で追い払う。自分がやらなければ、この件は永遠に闇の中に葬られてしまう。瑠衣は自分を叱咤して、用意していた書き付けを畳に広げた。
「これは、妖狩りのみなさんに聞いた、お母様の足跡です」
志乃が討伐に向かった妖がいる場所と、その周辺の地図を描いた。そこへ一つ一つ、母の行動を書き入れていた。
「そして、こちらは、一緒に討伐に向かった政重様のもの」
同じに描いた地図をもう一枚開く。こちらには、政重の行動を書いている。それを見て、ほほう、と政重が感嘆したような声を上げた。
「詳細に調べたものだな。瑠衣は戦いよりも偵察に向いているのではなかろうか」
「これを見て、何ともお思いになりませんか?」
瑠衣は、つつつ、と母の行動をなぞる。反対側の手で、政重の行動も同じようになぞり……最後に二人の行動はぶつかった。
「お母様の最期を、政重様は本当にご存じないのでしょうか?」
沈黙が二人の間に落ちた。視線を険しくして睨み付けるような瑠衣に対し、政重の方は変わらず余裕を保っている。
志乃の死に政重が何かしらの関与をしている。瑠衣は初めから疑いを持っていた。なぜなら報告してきたときの政重の身体からは、微かに志乃が焚いていた香の匂いを感じたからだ。まるで、志乃の血の匂いのように。
志乃がいなくなれば、次の妖狩りの長は政重になる可能性は残されていた。動機に関しては十分。
しかし、匂いだけでは証拠にならない。葬儀が終わってから瑠衣は、密かに志乃の当日までの情報を集めていた。仮病を使って鍛錬を休み、現地まで赴いたこともある。そこで自分の考えを裏付けるかのような証拠を掴み、こうして政重と対峙しているというわけだ。
「儂を疑っていたというわけか」
ふふ、と政重の顔に皺が刻まれた。瑠衣は心の中に昏い炎が灯るのを自覚しながら、厳かに告げる。
「はい。お母様が討伐へ出かける前日は、既に何かを悟っているようにも思えました。それが身内からの裏切りを予期していたとあれば、納得もいくものです」
「ふむ。志乃の娘がこれほどまでに聡いとは思わなんだな」
「……それは認めるということでしょうか」
どこかで、嘘だと言ってほしかったと思う自分がいた。妖相手に力及ばず倒れるならまだしも、同じ妖狩りに殺されるとあれば、死んでも死にきれないだろう。
「瑠衣には真実を教えてやる必要がありそうだ」
「真実……?」
それは志乃を殺した言い訳か。かっ、と頭に血が上った。
「お母様の命を奪っておいて、ぬけぬけと――」
「まあ、待つがよい。まだ儂は何も言っておらぬぞ」
脇に置いていた刀に思わず手を伸ばすも、政重の言葉でギリギリ耐える。
「次の討伐じゃ」
「……次の?」
「瑠衣はまだ十三じゃが、実力は十分であろう。妖狩りの初任務に推薦してやろう。見事、成功して帰れば正式に妖狩りの一員じゃ。機密事項にも触れられるようになる」
「機密事項?」
要するに、真実を知りたければ、妖狩りとしての務めを果たせということだろう。
本当ならこの場で斬りかかってやりたかったが、物的なな証拠もないのにそんなことをすれば、こちらのほうが悪いとなってしまう。自分だけならばよいが、舞衣まで巻き込むわけにはいかない。
「……わかりました。約束です」
「うむり。任務に励むがよいぞ」
部屋を退出しながら、瑠衣は背後からの視線に唇を噛みしめていた。まるで己に噛みつかんとするような剣呑な気配だった。