わたしのたまごだったセカイ

(じゃあ、「カナコちゃんに呪われた人は最後には死ぬ」って……)

 周囲の人たちの悪意を露呈させて、追い詰めて傷つけて疲弊させて、自ら死を選ばせるってこと……?
 眩暈がした。
 なんておぞましい呪いだろう。
 ホラー映画みたいに、普通に呪い殺しに来る怨霊の方が百倍マシだ。
 恨みつらみよりもドロドロとした、底無しの悪意を感じる。

 この仮説が……ほとんど妄想に近いけど、もし本当だとしたら、どうにか追い払わなきゃ。

(でも、どうすれば……)
 頭を抱えて煩悶していると、

「はづるん、またしょっぱい顔してる!」

 と、織屋先輩が背中を叩いてきた。

「色んな心配があるのも分かるけど、抱えすぎちゃダメだよ。もっと先輩に頼って!」

 織屋先輩が自分の胸を叩いたけど、力が強すぎたのか、ひどくムセた。
 格好つかないと嘆く先輩に、緊張がスルッと抜けた気がした。

 ……呪いだとしても、そうじゃないとしても。
 一度、成実と就也と本気で話がしたい。
 あっちはわたしと話どころか顔も合わせたくないだろう。もう友達とは思ってないかも知れない。
 でも、わたしはふたりを友達だと思ってる。
 行動する理由はそれで充分だ。

(……雛田先輩の言ったとおりかも……)

 わたしは結構、図々しいのかもしれない。また苦笑いがこみ上げてくる。

 自分の図太さを信じて、勢い込んで教室に戻ったけど、ふたりとも早退していた。
 LINEや電話も出ない。家に行こうかと思ったけど、その日の放課後はどうしても外せない用事があった。

 翌日の金曜日は、ふたりとも休んだ。
 先生によると、急な体調不良とだけ連絡が来たらしい。
 心配だったけど、明日の土曜日は登校すると聞いて、ひとまず安心した。
 部活の日なので講堂に行くと、織屋先輩と板山部長、二年生の先輩が既にいた。
 練習着姿に驚いたけれど、さらに仰天することが待ち受けていた。

「ん」

 突然現れた雛田先輩が、ストレッチ中――何故かわたしが先輩方に練習メニューを指示することになった――のわたしたちに、数枚の紙をホチキスで留めたものを渡した。
 思わず受け取ると、表紙に『卒業公演 脚本修正版』とあった。

「あまりにもクソつまらん内容だから、少し手直しした」

 そっぽを向いて雛田先輩が言った。
 背後で織屋先輩が口を手を押さえ、板山部長たちが困惑する気配がした。

「いらなかったら捨てろ」

 なんて、憎まれ口をお叩きになる。通常営業だ。
 わたしが脚本を開くと、織屋先輩たちが覗き込んできた。
 その内容は……

「……パイセン、これめっちゃいい話じゃないっすか」

 織屋先輩が呆然とつぶやく。板山部長が、コクコクコクコクと高速で同意の頷き。
 元の脚本は、数人の登場人物が各々自分の夢を語って、「一緒に頑張ろう!」と言うだけの話だった。
 ヤマも無ければオチも無い。公演時間を考えると仕方ないのかと妥協したけれど、雛田先輩が手を入れたそれは、

「……悲しい話ですね……」

 目尻に涙がにじみそうになるのを堪えて、正直な感想を述べる。

「『別れ』をテーマにしたからな」

 今のわたしには傷口に塩のテーマだ。でも、

「わたし、演じたいです。この台詞を声に出して言いたい……いえ、伝えたいです」

 心の底からわきおこる感覚。演劇部でそんな風に思ったのは初めてだ。

「さんせー。卒業式にぴったりだし。どうよ、板山氏。今から脚本変わるけど、いける?」
「みんなが文句言っても、僕が説得します!」

 板山部長の瞳が燃えている。織屋先輩が「フッフウ!」と囃し立てた。
 雛田先輩は呆れたように肩を竦めた。でもどこか嬉しそうに見えた。
 すると、織屋先輩がわざとらしい渋面で「ズルいですよ、パイセン!」と文句(?)をつけた。

「ここに来てのツンデレの波動はヤバいです。こんなん惚れちまいますよ――板山氏が!」

 えっ、織屋先輩じゃなくて?

「見てくださいよ、すっかりパイセンを見る目が『雨の日に不良が猫を拾ったのを目撃した少女漫画のヒロイン』のソレじゃないっすか。どーすんすか!」

 織屋先輩が親指で板山部長を指す。最悪だった第一印象をひっくり返され、すっかり好意を持ってしまった人の瞳だ。トキメキと表現してもいい。

「アホか」

 心の底から「知らんがな」と言いたげな面持ちの雛田先輩。けれど、突き放すような雰囲気はなかった。
 その後も、雛田先輩は練習に付き合ってくれた。
 脚本の読み合わせ、意見交換をした後、簡単に立ち位置を決めた。特にミザンス――役者や舞台装置を含めた全体の配置に関して、先輩はすごく頼りになった。

(雛田先輩、なんか変わったな)

 キツい物言いは変わらないけど、刺々しかった雰囲気はまるくなり、笑顔はないけど仏頂面が少なくなった。
 変わったのか、それとも香西先輩の言うとおり『元々は面倒見がいい』のが表に出たのか……

 どちらにせよ、わたしは嬉しい。

 雛田先輩と、演劇部の先輩たちと一緒にひとつの作品を作っていることが。たとえ一度だけでも、短くても。
 こんな雛田先輩を見たら、香西先輩の憂いもきっと晴れるだろう。
 わたしは演技に全身を使いながら、そんな風に考えていた。