月曜日は入学試験で休校だった。
火曜日の朝、のろのろと靴を履いていると、お母さんが「きのう届いてたわよ」とわたし宛ての郵便物を渡してくれた。
差出人はアロサカプロジェクトの制作委員会だ。
中を確認する暇がなかったので、お弁当やジャージを入れるサブトートバッグに入れた。
ふと、上靴を入れる袋を握る力が強くなる。
金曜日の部活の時間になくなった靴たち。結局、スニーカーは昇降口の下駄箱に戻っていた。雛田先輩のローファーは講堂周りの排水溝の中に。
「いい加減にしろよな……」
眉根を寄せる先輩に、わたしは思わず、
「これが……〈呪い〉なんですかね……?」
そんなことを言ってしまった。先輩は訝しげな顔をするばかりだった。
そうして講堂に戻ると、わたしの上靴が元の場所にあった。
さすがに気持ち悪くなって、上靴を持ち帰ったんだけど……
(一体誰が隠してるんだろ……)
もしかして、と思い当たる人がいる。
けれどすぐに打ち消した。信じたくない。
成実へのおはようLINEはもう送らないことにした。
教室で会っても、成実は何も言わなかったし、視線すら寄越さなかった。部活も今日は出ないと、就也から聞いた。
昼休み。
昼食の準備をしようと、サブトートバッグを開けるとお弁当がなかった。
「……あれ?」
お弁当箱を入れたミニバッグごとない。
隣の席の友達が「どうしたの?」と気にかけてくれた。正直に話すと、その子が別の子にも声をかけて、大捜索が始まった。
「誰かに盗まれたんじゃねーのー?」
男子の一人が言うと、わたしは思わず成実の方を振り返ってしまった。
教室の隅の席で黙々と食べていた成実と、目が合う。
「何見てんのよ」
「べ、別に」
「……まさか、あたしのこと疑ってんの?」
成実が立ち上がり、わたしをねめつける。違うと答えたかったけど、喉が凝ってうまく言えない。
「羽鶴。弁当、これじゃないのか?」
就也がお弁当バッグを掲げる。まぎれもなくわたしのだ。
「廊下の個人ロッカーにあった。勝手に開けてごめん」
「全然いいよ! ありがとう……」
受け取ってお礼を言いつつも、成実の強い目線を背中で感じる。
振り向くのが怖い。けど、わたしは成実のところに駈け寄った。せめて謝りたい。
「成実、ごめ」
「いいよ、もう! 気分悪い、あたし外で食べて――」
タイミングが悪かった。成実が立ち上がった瞬間、わたしの手に当たり、お弁当箱が落ちた。中身がバラける。
「あ……っ」と成実と同じタイミングで声が出た。
空気が凍ったのはわたしたちだけで、窓際で高みの見物をしていた男子が、「成実、ヒデー!」とからかい半分で囃し立ててきた。見かねた就也が「おい、やめろよ!」と制する。
「羽鶴、大丈夫か?」
「う、うん。――き、気にしないでね、成実。おひるは買えばいいし」
瞬間、成実の顔が真っ赤になった。怒ったのだと瞬時に分かった。
そしてわたしに自分のカロリーメイトを押しつけて、教室から出ていった。
……成実はダイエットのために、おひるはこういう機能性栄養食品しか食べない。「身体壊しちゃうよ!」とたまご焼きを食べさせたのはつい先週のことだ。
教室の土埃だらけの床に転がったごはんやおかず……たまご焼きを見ながら思い出す。たまご焼きは先週と同じなのに。
涙が滲みそうになるのを隠したくて、うつむきながら落ちたお弁当を片づける。
「就也、ごめん。わたしの席からトートバッグ取ってきてくれる? ティッシュ入ってるから」
「分かった。……羽鶴、この書類は?」
トートバッグから覗く封筒を、就也が指さす。
「ああ……アロサカプロジェクトから来たの。今週末、顔合わせするから東京に来いって」
休み時間にこっそり中身を確認した。
今週の日曜日、他の合格者の人たちと顔合わせをして、第一回目のレッスンをするという内容だった。
薄いけどキャラ表などの設定資料集も同封されていた。
(行かなきゃいけないんだよね……)
こんな気持ちのまま、東京に。
就也が「すごいな」と言ったけど、たいした返事はできなかった。
そして放課後。成実のいない部活の時間になった。
「羽鶴。オレ、少し用事があるんだけど」
「分かった。鍵もらって、先に始めとくね」
「……」
就也が暗い顔をしたので、わたしはハッとなってわざと明るい表情を作った。
「そんな心配そうな顔しないでよ。わたしならへーきだよ!」
嘘だ。ちっとも平気じゃない。
土曜日からずっとつらい。何をしていても成実のことを考えてしまう。おかげで、土曜日のお祝いディナーはちっとも味が分からなかった。せっかく両親が用意してくれたのに申し訳ない。
さらに昼休みの騒動。平気なわけない。
就也はごまかされてくれなかった。少し屈んで、わたしの目を覗き込む。
「無理しちゃダメだ。少なくとも俺の前では、つらい時はつらいって言ってほしい」
優しい瞳。甘やかな声音。こういうのやめてほしい。
「……うん……」
泣いちゃうからだ。小さい子みたいに、就也の優しさに甘えてしまう。
(もう、戻れないのかな……)
三人でいた頃に。戻りたいな、もうダメなのかな。……なんて泣き言を言うと、就也があったかい手で髪を撫でてくれた。
「大丈夫だよ、羽鶴。ダメなんかじゃない」
火曜日の朝、のろのろと靴を履いていると、お母さんが「きのう届いてたわよ」とわたし宛ての郵便物を渡してくれた。
差出人はアロサカプロジェクトの制作委員会だ。
中を確認する暇がなかったので、お弁当やジャージを入れるサブトートバッグに入れた。
ふと、上靴を入れる袋を握る力が強くなる。
金曜日の部活の時間になくなった靴たち。結局、スニーカーは昇降口の下駄箱に戻っていた。雛田先輩のローファーは講堂周りの排水溝の中に。
「いい加減にしろよな……」
眉根を寄せる先輩に、わたしは思わず、
「これが……〈呪い〉なんですかね……?」
そんなことを言ってしまった。先輩は訝しげな顔をするばかりだった。
そうして講堂に戻ると、わたしの上靴が元の場所にあった。
さすがに気持ち悪くなって、上靴を持ち帰ったんだけど……
(一体誰が隠してるんだろ……)
もしかして、と思い当たる人がいる。
けれどすぐに打ち消した。信じたくない。
成実へのおはようLINEはもう送らないことにした。
教室で会っても、成実は何も言わなかったし、視線すら寄越さなかった。部活も今日は出ないと、就也から聞いた。
昼休み。
昼食の準備をしようと、サブトートバッグを開けるとお弁当がなかった。
「……あれ?」
お弁当箱を入れたミニバッグごとない。
隣の席の友達が「どうしたの?」と気にかけてくれた。正直に話すと、その子が別の子にも声をかけて、大捜索が始まった。
「誰かに盗まれたんじゃねーのー?」
男子の一人が言うと、わたしは思わず成実の方を振り返ってしまった。
教室の隅の席で黙々と食べていた成実と、目が合う。
「何見てんのよ」
「べ、別に」
「……まさか、あたしのこと疑ってんの?」
成実が立ち上がり、わたしをねめつける。違うと答えたかったけど、喉が凝ってうまく言えない。
「羽鶴。弁当、これじゃないのか?」
就也がお弁当バッグを掲げる。まぎれもなくわたしのだ。
「廊下の個人ロッカーにあった。勝手に開けてごめん」
「全然いいよ! ありがとう……」
受け取ってお礼を言いつつも、成実の強い目線を背中で感じる。
振り向くのが怖い。けど、わたしは成実のところに駈け寄った。せめて謝りたい。
「成実、ごめ」
「いいよ、もう! 気分悪い、あたし外で食べて――」
タイミングが悪かった。成実が立ち上がった瞬間、わたしの手に当たり、お弁当箱が落ちた。中身がバラける。
「あ……っ」と成実と同じタイミングで声が出た。
空気が凍ったのはわたしたちだけで、窓際で高みの見物をしていた男子が、「成実、ヒデー!」とからかい半分で囃し立ててきた。見かねた就也が「おい、やめろよ!」と制する。
「羽鶴、大丈夫か?」
「う、うん。――き、気にしないでね、成実。おひるは買えばいいし」
瞬間、成実の顔が真っ赤になった。怒ったのだと瞬時に分かった。
そしてわたしに自分のカロリーメイトを押しつけて、教室から出ていった。
……成実はダイエットのために、おひるはこういう機能性栄養食品しか食べない。「身体壊しちゃうよ!」とたまご焼きを食べさせたのはつい先週のことだ。
教室の土埃だらけの床に転がったごはんやおかず……たまご焼きを見ながら思い出す。たまご焼きは先週と同じなのに。
涙が滲みそうになるのを隠したくて、うつむきながら落ちたお弁当を片づける。
「就也、ごめん。わたしの席からトートバッグ取ってきてくれる? ティッシュ入ってるから」
「分かった。……羽鶴、この書類は?」
トートバッグから覗く封筒を、就也が指さす。
「ああ……アロサカプロジェクトから来たの。今週末、顔合わせするから東京に来いって」
休み時間にこっそり中身を確認した。
今週の日曜日、他の合格者の人たちと顔合わせをして、第一回目のレッスンをするという内容だった。
薄いけどキャラ表などの設定資料集も同封されていた。
(行かなきゃいけないんだよね……)
こんな気持ちのまま、東京に。
就也が「すごいな」と言ったけど、たいした返事はできなかった。
そして放課後。成実のいない部活の時間になった。
「羽鶴。オレ、少し用事があるんだけど」
「分かった。鍵もらって、先に始めとくね」
「……」
就也が暗い顔をしたので、わたしはハッとなってわざと明るい表情を作った。
「そんな心配そうな顔しないでよ。わたしならへーきだよ!」
嘘だ。ちっとも平気じゃない。
土曜日からずっとつらい。何をしていても成実のことを考えてしまう。おかげで、土曜日のお祝いディナーはちっとも味が分からなかった。せっかく両親が用意してくれたのに申し訳ない。
さらに昼休みの騒動。平気なわけない。
就也はごまかされてくれなかった。少し屈んで、わたしの目を覗き込む。
「無理しちゃダメだ。少なくとも俺の前では、つらい時はつらいって言ってほしい」
優しい瞳。甘やかな声音。こういうのやめてほしい。
「……うん……」
泣いちゃうからだ。小さい子みたいに、就也の優しさに甘えてしまう。
(もう、戻れないのかな……)
三人でいた頃に。戻りたいな、もうダメなのかな。……なんて泣き言を言うと、就也があったかい手で髪を撫でてくれた。
「大丈夫だよ、羽鶴。ダメなんかじゃない」