「迎えに来るまで、ゆっくりしてね」
本とか読んでいていいから、と言った。男の子は体をねじって本棚を見やったが、再び一瞥するだけですぐに体勢を戻してしまう。
―――あんまり絵本が好きじゃないのかな。
七歳くらいなら、字はもう読めるだろう。もし読めなくても絵で内容を感じたり、想像したりして楽しめるだろうに。もしその気があれば、読み聞かせだってしてあげられるのに。
けれど男の子は、むっつりとしていた。
「迎えになんか、来ないやい」
「え?」
「僕、家出してきたんだ」
ミエは目を丸くした。
「い、家出?」
男の子はそれきり何も言わない。どうして、訊いてみたものの、じっと黙ったまま。本当に言う気がないのだろう。
もっと突っ込んで聞くべきか。それとも子どもの遊び程度に考えて「ふーんそうなの」と返すくらいでいいのか。せめてもう少し下なら、もっと幼児扱いできただろうに。あるいは思春期くらいなら、悩みがあれば何となく想像ができるのに。
―――このくらいの年の子、わからない……。
黄昏さん、早く戻ってきて。
二人でいると気まずいが、いてくれないと困る。なんだかんだで、頼りになる人だから。
無言の男の子に何を話しかければいいのか思い浮かばずに、中断していた作業を再開させる。桃を一つ手に取って包丁を入れた。ふわっと甘い香りが漂い、男の子は少し背筋を伸ばしてミエの手元を覗いた。
「食べる?」
「いいの?」
「どうぞ」
お皿に数切れ乗せて渡すと、男の子の目はきらきらと輝いた。はっとして顔を上げる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
しっかりしている子だ。ご両親がきちんとしているのだろう。
にもかかわらず、家出をしてきたなんて。よほど不満があったのだろうか。もしかして、そのきちんとが行き過ぎていたのだろうか?
「これ、全部使っていいから」
いつの間にか戻って来ていた黄昏さんがバスケットの中の桃を指さした。
「さすがに使いきれません。ちょっと多いですよね」
「まるで貢物みたいだね」
「残しておくから、黄昏さん、好きな時に食べていいですよ」
「僕はいいよ」
ふと、ミエは奥の扉に目をやる。向こうは別のキッチンだが、使っているのだろうか。自分が来る前は雑多な家だったし、その辺は意外とルーズなのかも。
「黄昏さん、普段何食べてるんですか?」
イメージが湧かない。もちろん、ミエが作ったものは食べてくれているが。正直それ以外で何か口に運んでいるところは見たことがない。
黄昏さんは肩をすくめた。
「何だろうね。霞?」
「霞って。それ、仙人じゃないですか」
「冗談だよ」
わかってますよ、と笑い飛ばせないのは、仙人だと言われても納得してしまいそうだったから。そんなわけないと思うには、ミエはいろんなひとに出会いすぎていたし、黄昏さんという人をまだ理解しきれていなかった。
そして今、普通に会話ができていた。そのことの方が、ミエにとってはずっと重要で大事なこと。けれど意識してしまうとまた崩れてしまう。どうしても嫌。ミエは極めて明るく振舞うことに専念した。
「黄昏さん、決まったものしか食べなさそう。偏食というか」
「そんなことないよ」
「では桃の貢物どうぞ」
フォークに一切れ刺して差し出す。それごと手渡すつもりだったのだが、黄昏さんは両腕を組んだままちょっと目を見開いた。何に動揺したのかミエが悟って手を引っ込まそうとすると、その手を上から掴まれ口元まで持って行かれた。
「甘いね。もう食べた?」
「い、いえ。まだ……」
「じゃあ食べてごらんよ」
フォークを持ち替えて、新しく一切れ刺してミエの口元に差し出す。
―――えっ、これってどういう意味なの。普通に食べていいの。それとも自分で持ち直して食べるのが無難なの。何が正解なの。
きょどきょどと口元のフォークと黄昏さんの目を見比べる。一体どういうつもりなのか、さっぱりわからない。避けられているかと思えば、急にこんな、距離をつめてこられても……。
―――ええい、どうにでもなれ!
意を決してミエは口を開いた。
「貢物って何?」
あんぐり開いた口のまま、ミエははっと固まる。
男の子はストローをくわえたまま上目遣いに二人を眺めていた。
―――いたのすっかり忘れてた。子どもの前で恥ずかしすぎる。
ミエは顔を真っ赤にして、さっと黄昏さんから離れた。
「貢物って言うのはね」
黄昏さんはカウンターに手をついて、少し身を乗り出す。どこかに体重をかける時は、相手をからかったりする際に出る悪い癖だ。
「悪い鬼神を慰めるためのものなのさ。赤いザクロを貢物として捧げないと、悪い鬼神が赤子を攫って食っちまうんだよ。ザクロは血の味、罪の味。だからザクロを貢いで満足してもらってるんだ」
「ええ、何ですかそれ……こわ」
ミエと同じように男の子は顔を険しくさせている。ぎゅっと眉根を結んで、やや身を引いていた。言った本人も、二人が知らない様子に驚いた模様。
「知らないの?」
「知りません。神話か何か?」
「インドの伝説。鬼子母神のことだよ。ちなみにその棚には鬼子母神の絵本は置いてないから」
「そんな怖い絵本、存在していること自体信じたくないんですけど」
「ミエさん、ほんとに知らないんだね」
一旦奥に引っ込み、戻ってくると手には一冊の文庫本が。見るとマンガだった。厚みのあるものをミエはよく知らないが、いわゆる著者の傑作集というものだろう。
「『赤い沼』……ですか」
劇画というのだろうか。ミエの世代ではない。もちろん黄昏さんの外見からいっても同じだと思うのだが。恐々とミエは中を開いた。
「……うっわ」
短く悲鳴をあげたきり、ぱたんと閉じて背中に隠した。とりあえず七歳の男の子に見せられる画ではないことは確か。まだ内容はわからないが、血が盛んに噴き出す描写はショッキングだろう。
「黄昏さん、マンガも読むんですね……」
「あれば読むよ。ミエさんあんまり読まないの?」
「小さいころから特に……。どっちかというとテレビっ子だったんで。大人になってからは小説のほうが多いです」
マンガは基本的に連載として続くから、自分の体力が持たないのだ。小説は短距離走のように、完結まで一気に読み進められる。待てる人はマンガも楽しめるのだろうが、ミエはどうしても自分のペースで好きなだけ走りたい派なのだ。
男の子に目をやると、男の子も首を傾げる。傾げ方からして、ミエの背後を気にしているふうではある。ミエはますます腕を後ろに隠した。
呆れたように黄昏さんがため息を吐いた。
「本ばっかり読んでないでマンガも読みなさい」
「それ、普通逆ですよね」
「どっちも娯楽なんだから、どっちが偉いなんてないのにねえ」
言われてみれば、確かにそうだ。ミエは自分の嗜好としてあまりマンガを好まないから本を読むことが多いのだが、派遣社員時代のお昼休憩に小説を開いていると「すごいねえ」とか「私なんてマンガばっかり」と言われることが多かった気がする。
ミエからしたら小説ばっかり本ばっかりだから、何がすごいのかさっぱりだった。そのうち読んでいる自分を見られているのが気になって、動画を見ることに切り替えてしまった。それ以来、あまり話しかけられることは少なくなったが。
「赤ちゃん食べるの?」
男の子がおずおずと訊ねる。
「そうだよ。攫って自分の子どものえさにしちゃうんだ」
「えさって……。生贄とか、もっと優しい表現してください」
「生贄だって優しくないだろう」
「でもえさは露骨ですよ」
「ねえ、赤ちゃんってお腹の中の?」
男の子は少し身を乗り出す。どうしてそんなこと訊きたいのか。
黄昏さんは首を傾げた。
「さあ、生まれてからじゃない?」
「なあんだ」
がっかりしたように男の子は椅子に座り直した。ストローをがじがじ噛んで、空っぽになったコップの中の氷を鳴らしている。ミエはもう一杯注いだ。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「別に」
「家出と、関係があるの?」
すると、男の子はちょっと俯いた。当たりらしい。
「家出?」
声を潜めようと黄昏さんの口元がミエのすぐ耳まで近づいた。そちらに顔を向けそうになるのをぐっとこらえる。平常心、平常心と叱咤をかけながら、次に自分が発する声が震えていないことを祈った。
「家出したから、迎えに何か来ないって言っていて……」
「理由訊いた?」
ミエは目を合わせないまま小さく首を横に振る。たぶんこれ以上首を動かせば、黄昏さんが近すぎてこれまでの努力が全部吹っ飛ぶ気がしたから。
黄昏さんは「そう」と呟き、ミエから離れた。ほっと息を吐く。
「お母さんと喧嘩して家出したんだろ」
さっと男の子の顔が持ち上がる。みるみる青くなり、赤くなった。これも当たりらしい。思いがけず言い当てられてしまい、口をぱくぱくさせて狼狽えている。
「だからってお母さんのお腹の中の子を食べてもらうってのは、ちょっとひどすぎない?自分のきょうだいだよ」
「えっ、そうなの?」
どうしてそんなことわかったのだろう。ミエは目を丸くして、黄昏さんを見てから答えを探るように男の子に移した。
肩が震えている。いろんな感情がひしめき合う、複雑な揺らぎ。怒りや悲しみ、それと寂しさ?ややあって、男の子は手放すように息を吐いた。
「だってお母さんは、僕のことが嫌いなんだもん」
「嫌いって言われた?」
「言われてない」
「じゃあ違うだろ」
「言われてないけど、わかるんだもん!」
テーブルを強く叩く。男の子は自分がとっさにそんなことをしてしまったと気づくと、恥じて小さくなった。まるで感情的になることが悪いことみたいに。
本とか読んでいていいから、と言った。男の子は体をねじって本棚を見やったが、再び一瞥するだけですぐに体勢を戻してしまう。
―――あんまり絵本が好きじゃないのかな。
七歳くらいなら、字はもう読めるだろう。もし読めなくても絵で内容を感じたり、想像したりして楽しめるだろうに。もしその気があれば、読み聞かせだってしてあげられるのに。
けれど男の子は、むっつりとしていた。
「迎えになんか、来ないやい」
「え?」
「僕、家出してきたんだ」
ミエは目を丸くした。
「い、家出?」
男の子はそれきり何も言わない。どうして、訊いてみたものの、じっと黙ったまま。本当に言う気がないのだろう。
もっと突っ込んで聞くべきか。それとも子どもの遊び程度に考えて「ふーんそうなの」と返すくらいでいいのか。せめてもう少し下なら、もっと幼児扱いできただろうに。あるいは思春期くらいなら、悩みがあれば何となく想像ができるのに。
―――このくらいの年の子、わからない……。
黄昏さん、早く戻ってきて。
二人でいると気まずいが、いてくれないと困る。なんだかんだで、頼りになる人だから。
無言の男の子に何を話しかければいいのか思い浮かばずに、中断していた作業を再開させる。桃を一つ手に取って包丁を入れた。ふわっと甘い香りが漂い、男の子は少し背筋を伸ばしてミエの手元を覗いた。
「食べる?」
「いいの?」
「どうぞ」
お皿に数切れ乗せて渡すと、男の子の目はきらきらと輝いた。はっとして顔を上げる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
しっかりしている子だ。ご両親がきちんとしているのだろう。
にもかかわらず、家出をしてきたなんて。よほど不満があったのだろうか。もしかして、そのきちんとが行き過ぎていたのだろうか?
「これ、全部使っていいから」
いつの間にか戻って来ていた黄昏さんがバスケットの中の桃を指さした。
「さすがに使いきれません。ちょっと多いですよね」
「まるで貢物みたいだね」
「残しておくから、黄昏さん、好きな時に食べていいですよ」
「僕はいいよ」
ふと、ミエは奥の扉に目をやる。向こうは別のキッチンだが、使っているのだろうか。自分が来る前は雑多な家だったし、その辺は意外とルーズなのかも。
「黄昏さん、普段何食べてるんですか?」
イメージが湧かない。もちろん、ミエが作ったものは食べてくれているが。正直それ以外で何か口に運んでいるところは見たことがない。
黄昏さんは肩をすくめた。
「何だろうね。霞?」
「霞って。それ、仙人じゃないですか」
「冗談だよ」
わかってますよ、と笑い飛ばせないのは、仙人だと言われても納得してしまいそうだったから。そんなわけないと思うには、ミエはいろんなひとに出会いすぎていたし、黄昏さんという人をまだ理解しきれていなかった。
そして今、普通に会話ができていた。そのことの方が、ミエにとってはずっと重要で大事なこと。けれど意識してしまうとまた崩れてしまう。どうしても嫌。ミエは極めて明るく振舞うことに専念した。
「黄昏さん、決まったものしか食べなさそう。偏食というか」
「そんなことないよ」
「では桃の貢物どうぞ」
フォークに一切れ刺して差し出す。それごと手渡すつもりだったのだが、黄昏さんは両腕を組んだままちょっと目を見開いた。何に動揺したのかミエが悟って手を引っ込まそうとすると、その手を上から掴まれ口元まで持って行かれた。
「甘いね。もう食べた?」
「い、いえ。まだ……」
「じゃあ食べてごらんよ」
フォークを持ち替えて、新しく一切れ刺してミエの口元に差し出す。
―――えっ、これってどういう意味なの。普通に食べていいの。それとも自分で持ち直して食べるのが無難なの。何が正解なの。
きょどきょどと口元のフォークと黄昏さんの目を見比べる。一体どういうつもりなのか、さっぱりわからない。避けられているかと思えば、急にこんな、距離をつめてこられても……。
―――ええい、どうにでもなれ!
意を決してミエは口を開いた。
「貢物って何?」
あんぐり開いた口のまま、ミエははっと固まる。
男の子はストローをくわえたまま上目遣いに二人を眺めていた。
―――いたのすっかり忘れてた。子どもの前で恥ずかしすぎる。
ミエは顔を真っ赤にして、さっと黄昏さんから離れた。
「貢物って言うのはね」
黄昏さんはカウンターに手をついて、少し身を乗り出す。どこかに体重をかける時は、相手をからかったりする際に出る悪い癖だ。
「悪い鬼神を慰めるためのものなのさ。赤いザクロを貢物として捧げないと、悪い鬼神が赤子を攫って食っちまうんだよ。ザクロは血の味、罪の味。だからザクロを貢いで満足してもらってるんだ」
「ええ、何ですかそれ……こわ」
ミエと同じように男の子は顔を険しくさせている。ぎゅっと眉根を結んで、やや身を引いていた。言った本人も、二人が知らない様子に驚いた模様。
「知らないの?」
「知りません。神話か何か?」
「インドの伝説。鬼子母神のことだよ。ちなみにその棚には鬼子母神の絵本は置いてないから」
「そんな怖い絵本、存在していること自体信じたくないんですけど」
「ミエさん、ほんとに知らないんだね」
一旦奥に引っ込み、戻ってくると手には一冊の文庫本が。見るとマンガだった。厚みのあるものをミエはよく知らないが、いわゆる著者の傑作集というものだろう。
「『赤い沼』……ですか」
劇画というのだろうか。ミエの世代ではない。もちろん黄昏さんの外見からいっても同じだと思うのだが。恐々とミエは中を開いた。
「……うっわ」
短く悲鳴をあげたきり、ぱたんと閉じて背中に隠した。とりあえず七歳の男の子に見せられる画ではないことは確か。まだ内容はわからないが、血が盛んに噴き出す描写はショッキングだろう。
「黄昏さん、マンガも読むんですね……」
「あれば読むよ。ミエさんあんまり読まないの?」
「小さいころから特に……。どっちかというとテレビっ子だったんで。大人になってからは小説のほうが多いです」
マンガは基本的に連載として続くから、自分の体力が持たないのだ。小説は短距離走のように、完結まで一気に読み進められる。待てる人はマンガも楽しめるのだろうが、ミエはどうしても自分のペースで好きなだけ走りたい派なのだ。
男の子に目をやると、男の子も首を傾げる。傾げ方からして、ミエの背後を気にしているふうではある。ミエはますます腕を後ろに隠した。
呆れたように黄昏さんがため息を吐いた。
「本ばっかり読んでないでマンガも読みなさい」
「それ、普通逆ですよね」
「どっちも娯楽なんだから、どっちが偉いなんてないのにねえ」
言われてみれば、確かにそうだ。ミエは自分の嗜好としてあまりマンガを好まないから本を読むことが多いのだが、派遣社員時代のお昼休憩に小説を開いていると「すごいねえ」とか「私なんてマンガばっかり」と言われることが多かった気がする。
ミエからしたら小説ばっかり本ばっかりだから、何がすごいのかさっぱりだった。そのうち読んでいる自分を見られているのが気になって、動画を見ることに切り替えてしまった。それ以来、あまり話しかけられることは少なくなったが。
「赤ちゃん食べるの?」
男の子がおずおずと訊ねる。
「そうだよ。攫って自分の子どものえさにしちゃうんだ」
「えさって……。生贄とか、もっと優しい表現してください」
「生贄だって優しくないだろう」
「でもえさは露骨ですよ」
「ねえ、赤ちゃんってお腹の中の?」
男の子は少し身を乗り出す。どうしてそんなこと訊きたいのか。
黄昏さんは首を傾げた。
「さあ、生まれてからじゃない?」
「なあんだ」
がっかりしたように男の子は椅子に座り直した。ストローをがじがじ噛んで、空っぽになったコップの中の氷を鳴らしている。ミエはもう一杯注いだ。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「別に」
「家出と、関係があるの?」
すると、男の子はちょっと俯いた。当たりらしい。
「家出?」
声を潜めようと黄昏さんの口元がミエのすぐ耳まで近づいた。そちらに顔を向けそうになるのをぐっとこらえる。平常心、平常心と叱咤をかけながら、次に自分が発する声が震えていないことを祈った。
「家出したから、迎えに何か来ないって言っていて……」
「理由訊いた?」
ミエは目を合わせないまま小さく首を横に振る。たぶんこれ以上首を動かせば、黄昏さんが近すぎてこれまでの努力が全部吹っ飛ぶ気がしたから。
黄昏さんは「そう」と呟き、ミエから離れた。ほっと息を吐く。
「お母さんと喧嘩して家出したんだろ」
さっと男の子の顔が持ち上がる。みるみる青くなり、赤くなった。これも当たりらしい。思いがけず言い当てられてしまい、口をぱくぱくさせて狼狽えている。
「だからってお母さんのお腹の中の子を食べてもらうってのは、ちょっとひどすぎない?自分のきょうだいだよ」
「えっ、そうなの?」
どうしてそんなことわかったのだろう。ミエは目を丸くして、黄昏さんを見てから答えを探るように男の子に移した。
肩が震えている。いろんな感情がひしめき合う、複雑な揺らぎ。怒りや悲しみ、それと寂しさ?ややあって、男の子は手放すように息を吐いた。
「だってお母さんは、僕のことが嫌いなんだもん」
「嫌いって言われた?」
「言われてない」
「じゃあ違うだろ」
「言われてないけど、わかるんだもん!」
テーブルを強く叩く。男の子は自分がとっさにそんなことをしてしまったと気づくと、恥じて小さくなった。まるで感情的になることが悪いことみたいに。