「で、どうよ男子寮は。辛くないか」
 入学式も終わり、授業が始まった。ぼくはクラスメートの千秋と昼飯をかきこんでいた。
「辛いか辛くないかの二択なら、辛い」
 たしかに寮生活は大変なものだ。朝練をする運動部員たちの騒ぎで朝は起こされる。謎にラジオ体操が鳴り、やっている集団もいる。食堂も朝飯のときは戦争状態だった。高校まで距離があるので遅刻しそうになるとダッシュ。
 帰ってからも夕飯、風呂、自由時間の広間ではどんちゃん騒ぎ、部屋中でなにやら音が聞こえてくる。ときどき小さくすけべな音が聞こえてくる。これはきっと、誰かがなにやら見ているのだろう。夜十時には消灯で、電気が消され、寮長の志村さんと稲葉さんが見回りをして一日終了。とにかく寝るまで、プライベートはないようなものだ。
 もちろんそれもわかっていたのだけれど、ここ数日寝不足なのは、まさかの同室の人となった三船さんが、ぼくの上で……二段ベッドの意、でかいいびきをかくのだ。百均で耳栓を買った。
「マジで入るやついるとはねえ」
 千秋は言った。
「ほっとけ」
「宮口もおんなじなんじゃねえの」
 遠くで一人で飯を食っている宮口を箸で指差した。
「うん。でも寮ってわりといっぱいいるし、話す機会がないんだよね」
 隣室なのだが、最初に悪い印象を与えてしまったので、こちらからは話しかけることができなかった。
「ふーん。おーい、ミヤさん、一緒に食おうぜえ」
 そんな事情を知るわけもなく、千秋がでかい声で宮口を呼んだ。
「おい」
 ぼくが制服の腕を引っ張ると、
「だって、仲良くなるチャンスやん」
 と平然として言った。もちろん千秋が正しい。
「もう食ったからいい」
 宮口が遠くからいい、席を立って教室から出ていってしまった。焼きそばパンと牛乳パックで昼終了。体力もつのだろうか。
「なんだよあいつ、仲良くなる気ねえって感じで」
 千秋が口をとがらせた。
「まあ、少しづつでいいんじゃん」
 ぼくは自分に言い聞かせるようにして言った。
「でもさ、俺も成績やばくなったら『アカツキ寮に入れるぞ』って家族に脅されてるんだよ」
「なんでそれが脅しになるわけ」
「だってさ、出るっていうじゃん」
 千秋が手を垂らしてみせた。
「なにが出るって?」
「知らねえのかよ、おばけ」
「おばけっ!」
「有名じゃん、お前寮入る前に検索とかしなかったのか?」
 用意周到でないとやばいぞー、と千秋は言った。
 お前そもそも寮入る気ないのに、とぼくは思った。
「そうなんだ」
「いやー、お前なんにも知らねえのな。まあ地方からきたやつらはみんな知らないのかねえ」
 千秋の調べたところによると、数十年前、アカツキ寮で謎の火災騒ぎがあったらしい。そして一人の生徒が焼け死んだ。
 そもそも建物に愛着のあったオーナーは、同じ構造で再びアカツキ寮を建てたが、それからしばらくして、焼け死んだ生徒の幽霊がでる、と生徒たちが噂しているというのだ。
「お前霊感ある?」
 千秋が訊ねた。
「ない」
「なんだつまんね」
 人ごとだと思って、なんて話をぶっこんできたのか。さすがに夜トイレ行けない、なんて小学生みたいなことは言わないけど、でもちょっとしばらくいやーな気持ちになりそうだ。
 教室のドアから、誰かが覗きこんだ。
「木村」
 寮生の加藤だった。
「なに」
 ぼくが立ち上がると、加藤がやってきた。宮口同様身長が高い、そしてしっかりとした身体つきをしていて、いかにもスポーツをしているという感じ。制服がすでにぱんぱんである。
「さっき忘れ物したんで寮戻ったとき、お前の先輩から、帰りにこれ買っておいてくれって」
 メモを渡された。
「ありがと」
「おう」
 加藤はすぐに教室から出ていった。
「だれ?」
「おんなじ寮でスポーツクラス、アメフト部」
「ムッキムキだなあ」
 なにせスポーツ推薦で入学してきたのだ。風呂場でも先輩方と見劣りしない見事な身体つきをしている。
 宮口だって、部活をしていないものの、背は高く、引き締まっている。なんだか寮で自分だけが、なよっとしている、いや、いちおうはそれなりに、多分。目の前の千秋にくらべたら、うん。
「そもそもアカツキ寮って体育会系の巣窟だろ、なんか臭そう〜」
「臭いのは否定しないけど、普通科のせいともいる」
 ぼくは自分を指差した。あと、宮口だってそうだ。
 そう、僕たち二人は珍しい。なんで寮に入ったの? と宮口に聞きたかった。でも自分の入寮理由をうまく言えないから、人のことばかり訊ねるのも、なんとなく気が引ける。
 紙を開いてみるとと、『ふりかけ切らした、のりたま。代金はあとで払う。キムサクも使っていいやつ』とあった
「え、なになに? いきなりパシリ? あれか、やっぱ主従関係みたいなのあんの?」
 千秋がおかしそうにして言った。「しかもお前、キムサクって呼ばれてんの、ウケる」
「言ってくれるな、お前が言ったら殴る」
「先輩しか呼ばせねえって、なんかあちいな、兄貴と弟?」
「いやだけど逆らえないだけだっつーの」
 自分で買いに行けばいいのに、とぼくは思った。三船さんはあまり外出したがらない。だいたい寮のどこかにいる。
「とにかくさ、幽霊みかけたら写真撮ってくれよ。ティックトックあげたらバズるって」
 他人事の千秋が話を変えた。
「バズってどうすんだよ」
「楽しいじゃん。それにさ、俺ゆくゆくは超常現象とか都市伝説系のユーチューバーになろうと思ってんだよね」
「ガチで?」
「だから知名度あげなくちゃなんねえんだよ」
 ほんとうに、どうでもいい。