たしかに、遠い。一階の一番端の部屋が、ぼくの部屋、だ。すれ違う寮生に挨拶をしながらぼくは進んだ。あともう少し、のところで手前のドアが開いた。
「あ」
 そこに立っていたのは大人びた背の高い人だった」
「あ、初めまして。今日から住むことになった木村です」
 ぼくが挨拶すると、その男はぼくをじっと見て、
「宮口」
 と言った。
「あ、宮口さんは何年生なんですか」
「……俺も今日入ってきたばかりだけど」
「あ、そうなんですか。なんか、老け……じゃなくて、なんか、はい」
「老けてるって言ったな」
「いや、それは」
 勢いよくドアが閉まった。のっけから、隣人、しかも同じ新入生に悪い印象を与えてしまった。だめだ、メンブレ起こしそう。人間関係に関してはぼくは気を使うタイプなのだ。
 自室となる部屋のドアを開けた。ちょっと倒れ込みたいんだけど、と部屋を見たときだ。椅子に座っている男がいた。
「あれ?」
 思わず、ドアの部屋番号を確認した。間違っていない。
「違わねーよ、多分」
 男は言った。「ダンボール、きてるぞ」
 勉強机の椅子でくるくる回りながら、その人は言った。
「ええと、すみません、はじめまして」
 多分、この笑っている人は、確実に年上だろう。ぼくは頭を下げた。
「うん、気にすんな」
 まあリュック下ろしなよ、と椅子を譲った。
「ええと、お名前は」
「俺? 三船慎吾、三年生」
「ああ、はい。木村朔です」
 名乗ると三船さんはぼくのことをじろじろと見出した。顔をめちゃくちゃ近づけ、あげくなにやら匂いを嗅いでくる。「なんですか?」
 さすがに薄気味悪いので言うと、「よし」となにか思いついたみたいにぽん、と手を叩いた。「……キムサクにしよう」
「は?」
「あだ名、キムサクでいこう」
 名案が思い浮かんだ、とでもいうようにうんうんと頷く。
「……はい」
 そのあだ名、やだな、と思ったが逆らえそうもない。
「ようこそアカツキ寮へ」
 その人もまた、さっきの志村さんと同じように言った。
「あのうひとつ訊いてもいいですか」
 ぼくはおずおずと手を挙げた。
「なんだよ?」
「なんでここにいるんですか?」
「……なんでって、ここ、俺の部屋だから」
「いや、あのでも一人に一部屋割り当てられるって聞いていたんですけど」
 これまでは二人部屋だった。だから、いちおうベッドも二段ベッドで机も二つある。しかし、寮に入るものが少ないので、一人一部屋使える、とたしか案内に書いてあった。
「ああ、なんやかや今年、部屋より入寮者のほうが一人が多くなって、部屋が足りなくなったから。なんで申し訳ないけど、俺が卒業するまで一緒の部屋だ。よろしく」
「ええ!」
 先輩の前、とはいえさすがに声が出た。
「なんか寮を管理しているじいさんが適当なやつでさあ、困っちまうよな。でも学校のほうには内緒らしいし、揉め事が起きても面倒だってんで、だから学校のほうには、言うなよ。あとでじいさんがどやされるから。後味悪いぞー、自分の不用意なクレームが一人の老人を傷つけるとかさあ」
 ぺらぺらと三船さんは捲し立て、勝手にぼくが納得したとでも思ったらしく咳払いして、
「荷物整理するの手伝ってやるよ」
 勝手にぼくのダンボールを開けようとし始めた。
「いやっ、いいです。大丈夫です」
 ぼくは止めた。ただでさえさっきのショックと二人部屋に自分がなってしまった(最後にきたからって一年罰ゲームかよ)ことで、かなりへこむ。その上この人に気を遣う? 最悪すぎだろ、これ。
「なんだ、見られちゃまずいもんでも入ってんのか〜?」
 三船先輩はにやにやしながらあくまで手を止めようとしない。
「そんなものはないです」
「いちおう机の引き出しに鍵はあるからそこに秘密のグッズは入れとけば。まあじき恥も外聞もなくなって、そのまま置きっぱなしにして、セクシー女優のポスターべたべた貼ったりするけどね。なんでも貼っていいぞ」
 部屋を見渡す限り、そんな装飾はない。そもそも、二つある机のどちらも、使われている形跡がない。
「はあ」
 ぼくは最初に出てきた写真立てを取り出し、机に置いた。
「なんだそれ」
 三船先輩が珍しそうにして見た。
「家族です」
「ふうん。そんなふうに写真を飾るくらいに仲がいいのか」
「まあ、はい」
「羨ましいな」
 ぽつりと言ってすぐに切り替え、今日は新入生の来る日だから、食堂のおっさんども張り切ってるし、きっと御馳走だぞ、と言った。