昼休み、不在着信に気づいて折り返した。
 見覚えのない固定電話番号だった。
「はい、××警察署刑事課です」
 警察署からだった。

「犯人が逮捕されました」

 聞くところによると、犯人が弁護人を通じてわたしと示談をしたいのだと言う。
 弁護人に電話番号を伝えてもいいかという確認の電話だった。
 わたしは犯人本人に電話番号を伝えないことを条件に承諾した。

 すぐに知らない固定電話番号から電話がかかってくる。
 仕事中だったが、部長には警察署からの電話内容を伝えてあったため、そのまま電話を取った。

 電話の向こうで弁護人は
「示談金を30万円払うから、可能であれば、厳しい処罰は望まないという内容で示談してほしい」
 と言った。
 検討しますと伝えて電話を切る。
 その申出を受けるべきか、30万円が妥当なのかも分からない。
 ほかにも分からないことだらけだった。
 部長に相談する。
「一度、弁護士に法律相談をしてみたらどう?」
 そうすることにした。

 数日後、予約を取った弁護士の事務所に行き、法律相談をした。
 優しそうな弁護士さんは、わたしの話を真摯に聞いてくれ、助言をくれた。
「住居侵入と窃盗という2つの罪での30万円という示談金額は、盗まれたノートパソコンを白川さんが数年前に15万円で購入したことを踏まえても、犯人なりにかなり頑張って用意しているという印象を受けます。
 その2つの罪では『慰謝料』が請求できないので、基本的には盗まれた物の金額で示談金を考えることになるんですよね。
 白川さんがどうしたいかにもよると思いますが、相手の弁護人も『可能であれば』と言っているので、『厳しい処罰は望まない』という内容を外して示談に応じることはできる、と伝えてみても全然問題ないと思いますよ。
 被害を受けて同じ家には住めなくなっているでしょうから、一切示談を受け入れないというよりも、その被害を弁償してもらった方がいいのではないかなと私は考えます。
 その後、示談書なり合意書なりの書面にサインを求められると思いますが、そのときに書く住所は被害を受けたときの住所で大丈夫ですよ。
 入金先の口座を教えたくないということであれば、向こうの弁護人の事務所に行って、書面にサインして直接現金を受け取ることも可能だと思います」

 わたしが疑問に思っていたことすべてに回答してくれて、すっきりした気分で事務所を後にした。
 犯罪被害者ということで、相談料が無料だったこともありがたかった。

 その後、助言のとおりに「厳しい処罰は望まない」(弁護士さんによると、「宥恕(ゆうじょ)文言」というのだそうだ)という内容を外してもらい、示談金30万円を受け取って示談に応じた。
 相手の弁護人も、直接会ったときに「この度はご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」と犯人の代わりに謝ってくれた。

 終わった。
 すべての始まりが、終わった。
 相手の弁護人の事務所を出た後、わたしはふうっと大きな息を吐いた。