部長の家は部屋が3つあり、そのうちのひとつを間借りすることになった。
 聞けば、子どものいなかった部長は半年前に離婚して、元夫が家を出ていったのだそうだ。

「よくあるやつよ。
 夫が不倫したっていう」
「そうなんですか」
「それで、慰謝料としてローンが完済していたこの家をもらったってわけ」
「この家に住み続けることに抵抗はないんですか?
 その、元夫との思い出があったりとか」
「この年になるとね、そんな感傷的なものよりも生活を変えないメリットの方が上回るのよね。
 ここ立地もいいし」

 にゃーと鳴いてすり寄ってきた四番目の猫、シイちゃんを抱きかかえながら部長が言う。
 わたしの足に無言で顔をこすりつけている三番目の猫、サンちゃんの頭を撫でながらわたしも応える。

 この家では、部長、わたし、そして四匹の猫ちゃんが同居人(猫)だった。
 猫ちゃんたちは、イチ(呼び方は「イッちゃん」)、ニイ、サン、シイという名前で、部長によれば保護猫を譲り受けたり、施設に入った実家の家族が飼っていた猫を引き取ったりして増えていったらしい。
 ニイちゃんは極度の人見知りで、わたしはいまだにその姿を拝めていない。

 部長の家に居候することになってから、自分の家の中で不要な荷物を処分し、必要なものだけを厳選して部長の家に運び込んだが、その荷物は間借りした部屋の中にすべて収まった。
 どのみち、空き巣が入ったときに警察が指紋を採取するためアルミニウムの粉を振りかけた物は、粉が払われているとはいえ、処分してしまいたかった。
 見ず知らずの犯人が触ったかもしれない物は触りたくなかった。
 衣類については、匂いをかいで問題ないものはそのまま使うことにして、下着類は全部買い直した。
 あの日はコンビニで下着を買ったのだ。
 まだ犯人が捕まっていなかったこともあり、部屋は早々に引き払って帰らない決意を固めた。
 盗まれたパソコンについては、入っていた家財保険が下りたので、保険会社から保険金10万円が支払われた。


「荷物ってこれだけ?
 ひとり暮らしを始めようとして家具家電を買う前の大学1年生レベルね」
 部長に呆れられる。
「まあ、終活も兼ねて極限まで物を減らして生活していたので」
「終活への意識、早すぎじゃない?
 私、まだなんだけど」
「スミマセン」

 わたしが段ボールから持ち物を取り出すところを、抱きかかえたイッちゃんと一緒に眺めている部長があることに気づく。
「白川さん、どうして色んなものにカエルのマークがついているの?」
「わたしの下の名前が『恭子』なんですけど、あだ名が昔から『けろっこ』なんですよ。
 そこからカエルマークを自分のマークとしてつけるようになりました」
「恭子がけろっこになる経緯がまったく分からないけど、まあいいわ」
「面白い話でもないですし、知らなくても大丈夫です」


 小学生のとき、隣に住んでた女友達が遠くにいたわたしのことを
「きょーおーこー!」
 と大声で叫んだのを、わたしの近くにいた男子が
「けーろーこー!」
 と聞き間違えて、さらに進化してけろっこになっただけである。
 断じて由来はコロッケではない。
 いや、コロッケは好きですけど。