「三倉。あのさっ……」
あれから一週間後。すっかり元気になった俺のもとに浅宮がやってきた。
浅宮に呼ばれてまたいつかの教室でふたりきり話をする。
「また俺に協力してくれないか?」
協力……?
ああ。浅宮と有栖の仲を応援してほしいってことだな。
「なに? 俺に何をして欲しいんだ?」
俺が訊ねると、浅宮は映画のチケットを見せてきた。
「こ、これ貰ったんだけど、俺と一緒に行ってくれない?」
「えっ! なんで俺?! 有栖を誘えばいいのに……」
「いや、あの……れ、練習だよ。これアクション映画だし、三倉と行って、デートの練習がしたい……」
デートの練習?! そんなことをしなくても浅宮ならどうせうまくいくんじゃないかな。
まぁ、でも最初のデートで失敗したらどうしようって気持ちもわからないでもない。
「いいよ。協力する」
「いいのか?!」
「うん。有栖の好みならよく知ってるし、本番のために教えてあげるよ」
「ありがとな! じゃあ今度の日曜日でいいか?」
「うん」
「うわぁ! やった、初デートだ!」
いや、何言ってんだ。初デートに行く前の練習の間違いだろ。
そして日曜日。
駅で浅宮と待ち合わせをして、映画館へと向かう。
イケメンってすごいんだなと思った。前を歩く女の子がハンカチを落としたから浅宮がさっと拾って、それを手渡す。「ありがとうございます!」と言って女の子はハンカチを受け取ったあと「もしよかったら連絡してくださいっ!」と連絡先を書いた紙を浅宮に差し出す。そこから「すごくかっこいいですね。私の好みですっ!」なんてアピールされて……。
途中から気がついたけど、女の子はわざとハンカチを浅宮の目の前で落としたようだ。浅宮と話すきっかけを作るために。だからさっきから女の子は必死で浅宮に話しかけ続けてる。
結局「急いでるから」と浅宮が振り切って、ふたりで足早に映画館の中に入った。
浅宮に言わせると、街で声をかけられることなんて日常茶飯事らしい。
浅宮とふたりでドッキドキのアクション映画を見終えたあと、今は、浅宮が「TVで観て美味そうだったから」と言って予約してくれていた人気店でインスタ映えしそうなチーズハンバーグを食べている。
「浅宮。こんな感じでいいと思うよ。映画館で有栖はポップコーンは食わないから買わなくていい。それで有栖はハンバーグ好きだし、これすごい美味い」
浅宮のデートプランはいいと思う。有栖とのデートの時は、アクション映画をホラー映画に変えればいい。有栖の映画館での行動は、今日、浅宮にレクチャーしておいた。
人気店を予約してあるっていうのも「昼メシどうしよう」ってオタオタしなくて済むし、有栖はハンバーグ好きだ。本番もこのプランで行けば有栖はきっと浅宮に好感をもつだろう。
「ホントか? 俺さ、そういうの苦手だから。でも良かった。三倉が楽しいって思ってくれたんなら」
俺を楽しませてどうする、と浅宮に言ってやりたかったが言葉を飲み込んだ。これはデートの練習だってわかってるけど、俺自身がさっきからすっかり楽しんでしまっている。
浅宮は一生懸命考えたんだろうな……。有栖のために。こんなに浅宮に想われてるなんて有栖は幸せだな……。
「あっ!」
ボーッと考え事をしてたらテーブルにある水の入ったグラスを手に引っ掛けて倒してしまった。
浅宮はさっと立ち上がり、手近にあったおしぼりだのナプキンだのでテーブルをさっと拭き、水がかかった俺の服を持っていたハンカチで拭いてくれる。
「大丈夫か? 俺のと上着、交換する?」
浅宮はそんなことを言ってジャケットを脱いで俺に寄越そうとする。
「えっ、いいっていいって。水だしすぐ乾くし」
そんなの浅宮に悪すぎるだろ。こんなビショ濡れのカーディガンなんて着させられない。
それからゲーセンに行き、クレーンゲームの商品を眺めていると、キャラクターぬいぐるみが目についた。ボールチェーンが付いた、キーホルダーサイズの。
昔から俺が密かに好きなキャラクターだ。ゆるっとしたところが癒されるが、ちょっとマイナーなのかあんまりグッズを見かけることがない。
欲しいけど、俺はクレーンゲームにチャレンジして取れた試しがないから無理だ。
「三倉。これ、好きなの?」
足を止めた俺の視線の先に気がついて、浅宮が後ろから話しかけてきた。
「うん、まぁ……」
「俺、取れるかチャレンジしてみるわ」
浅宮は言いながらゲームの機械に百円を投入している。
一度試したあと「これ、イケるやつだ。多分取れる」と言って、再びチャレンジして、今度は見事にぬいぐるみをゲットした。
「すげぇ! 浅宮!」
「俺こういうの得意なんだわ。YouTubeで攻略動画ばっか観てたときがあってさ」
浅宮は面白いやつだな。特技はクレーンゲームなのかよ。
「はい、これ三倉にあげる」
浅宮がボールチェーン付きぬいぐるみを差し出してきた。
「えっ、いいよ、浅宮が取ったんだから」
「三倉にプレゼントしたいから取ったんだ」
「なんだよそれ……」
「もらって。初デートの記念に」
「だからデートの練習だろ?」
「あ、そうだったな。じゃあ初デート練習の記念に」
浅宮はぽんとぬいぐるみを俺の手のひらの上に置いた。
「あ、ありがとう……」
浅宮は不思議な奴だ。俺にプレゼントしても、なんの得にもならないのに。クレーンゲームでゲットすることが好きなのかな。
浅宮と過ごす時間は楽しくて、気がつけば外はすっかり暗くなってしまっていた。さすがに帰らないといけない時間だ。
今は浅宮とふたりで大きな陸橋を歩いている。これを渡り終えたら駅だ。
「み、三倉……あのさ」
浅宮に声をかけられ、隣を歩く浅宮のほうに視線をやる。
浅宮は、やっぱりかっこいいよな……。こいつの見た目に弱点なんかない。頭の先から足の先まで完璧だ。
でも、浅宮がモテる理由が浅宮と一緒に過ごしてみてわかってきた。ビジュアルがいいからモテてるだけだと思っていたけど、きっとそうじゃない。浅宮は優しいし面白いし、すごくいい奴だ。実は性格がいいからモテてるのかもしれない。
「バカなこと言ってるってお前は笑うと思うけど」
「なに?」
「れ、練習したい……」
「え? ここで? 何を?」
「あの……。手を繋ぐ……練習……」
「えっ!!」
おい! 待てよ!
まぁわかるけど。そういうことほど初めての時どうしたらいいのかわからないって気持ちはわかるけど……!
浅宮は左手でそっと俺の右手に触れた。浅宮の手は俺より大きくて指が長いことに今さら気がついた。
浅宮はそのまま俺の手を握り込んでくる。
なんでだろう。これは練習だってわかってるのにドキドキする。
「三倉、俺、今日お前と一日過ごせてすごく楽しかった」
少しギクシャクした感じだけど、ふたり手を繋ぎながら暗闇から明るい駅の方角へと、歩いていく。
「また、俺とこうやって会ってくれる?」
正直俺も楽しかった。また浅宮と一緒に出かけたいと思った。
「いいよ。またデートの練習がしたくなったら付き合うよ」
これは練習。浅宮が好きなのは有栖で、こうやって手を繋いでいるのだって、浅宮が俺のことを好きでやってることじゃない。そう俺は自分に言い聞かせる。
「うん。練習でいい。なんでもいいからまた遊ぼうな」
浅宮がとびきりの笑顔で俺を振り返った。
——うわ、ヤバい。
こいつの悩殺スマイルにやられて浅宮に引き込まれそうだ。
そしてさっきからふたり握った手を、浅宮はぎゅっと固く握って離さない。
浅宮は男だ。そんなことはわかっているのにこんなにドキドキさせられるなんてあり得ない。
俺と有栖は違う。でも、浅宮なら男同士だとしても有栖を陥落させられるかもしれないなんて思った。
だってなんか、俺、浅宮のこと……。
浅宮はすごい。やっぱりお前はデートの練習なんて必要ないよ……。
でも、練習は要らないなんて浅宮に教えたら、自信がついた浅宮はすぐにでも有栖に告白するんだろうか。
そしたらもう俺とはこんなことしてくれないよな……。本命とデートをするに決まってる。
「きょ、今日の浅宮のプランは良かったと思うけど、有栖は人気があるからさ、もう少しだけ俺で練習してから告白したらどうかな」
「うん、そうする」
良かった。あとちょっとだけ浅宮と一緒にいられそうだ。
いやいや、ほっとする場面じゃない。
浅宮の恋を応援するんだよな。
なんで俺、浅宮の足を引っ張ってるんだよ……。
あれから一週間後。すっかり元気になった俺のもとに浅宮がやってきた。
浅宮に呼ばれてまたいつかの教室でふたりきり話をする。
「また俺に協力してくれないか?」
協力……?
ああ。浅宮と有栖の仲を応援してほしいってことだな。
「なに? 俺に何をして欲しいんだ?」
俺が訊ねると、浅宮は映画のチケットを見せてきた。
「こ、これ貰ったんだけど、俺と一緒に行ってくれない?」
「えっ! なんで俺?! 有栖を誘えばいいのに……」
「いや、あの……れ、練習だよ。これアクション映画だし、三倉と行って、デートの練習がしたい……」
デートの練習?! そんなことをしなくても浅宮ならどうせうまくいくんじゃないかな。
まぁ、でも最初のデートで失敗したらどうしようって気持ちもわからないでもない。
「いいよ。協力する」
「いいのか?!」
「うん。有栖の好みならよく知ってるし、本番のために教えてあげるよ」
「ありがとな! じゃあ今度の日曜日でいいか?」
「うん」
「うわぁ! やった、初デートだ!」
いや、何言ってんだ。初デートに行く前の練習の間違いだろ。
そして日曜日。
駅で浅宮と待ち合わせをして、映画館へと向かう。
イケメンってすごいんだなと思った。前を歩く女の子がハンカチを落としたから浅宮がさっと拾って、それを手渡す。「ありがとうございます!」と言って女の子はハンカチを受け取ったあと「もしよかったら連絡してくださいっ!」と連絡先を書いた紙を浅宮に差し出す。そこから「すごくかっこいいですね。私の好みですっ!」なんてアピールされて……。
途中から気がついたけど、女の子はわざとハンカチを浅宮の目の前で落としたようだ。浅宮と話すきっかけを作るために。だからさっきから女の子は必死で浅宮に話しかけ続けてる。
結局「急いでるから」と浅宮が振り切って、ふたりで足早に映画館の中に入った。
浅宮に言わせると、街で声をかけられることなんて日常茶飯事らしい。
浅宮とふたりでドッキドキのアクション映画を見終えたあと、今は、浅宮が「TVで観て美味そうだったから」と言って予約してくれていた人気店でインスタ映えしそうなチーズハンバーグを食べている。
「浅宮。こんな感じでいいと思うよ。映画館で有栖はポップコーンは食わないから買わなくていい。それで有栖はハンバーグ好きだし、これすごい美味い」
浅宮のデートプランはいいと思う。有栖とのデートの時は、アクション映画をホラー映画に変えればいい。有栖の映画館での行動は、今日、浅宮にレクチャーしておいた。
人気店を予約してあるっていうのも「昼メシどうしよう」ってオタオタしなくて済むし、有栖はハンバーグ好きだ。本番もこのプランで行けば有栖はきっと浅宮に好感をもつだろう。
「ホントか? 俺さ、そういうの苦手だから。でも良かった。三倉が楽しいって思ってくれたんなら」
俺を楽しませてどうする、と浅宮に言ってやりたかったが言葉を飲み込んだ。これはデートの練習だってわかってるけど、俺自身がさっきからすっかり楽しんでしまっている。
浅宮は一生懸命考えたんだろうな……。有栖のために。こんなに浅宮に想われてるなんて有栖は幸せだな……。
「あっ!」
ボーッと考え事をしてたらテーブルにある水の入ったグラスを手に引っ掛けて倒してしまった。
浅宮はさっと立ち上がり、手近にあったおしぼりだのナプキンだのでテーブルをさっと拭き、水がかかった俺の服を持っていたハンカチで拭いてくれる。
「大丈夫か? 俺のと上着、交換する?」
浅宮はそんなことを言ってジャケットを脱いで俺に寄越そうとする。
「えっ、いいっていいって。水だしすぐ乾くし」
そんなの浅宮に悪すぎるだろ。こんなビショ濡れのカーディガンなんて着させられない。
それからゲーセンに行き、クレーンゲームの商品を眺めていると、キャラクターぬいぐるみが目についた。ボールチェーンが付いた、キーホルダーサイズの。
昔から俺が密かに好きなキャラクターだ。ゆるっとしたところが癒されるが、ちょっとマイナーなのかあんまりグッズを見かけることがない。
欲しいけど、俺はクレーンゲームにチャレンジして取れた試しがないから無理だ。
「三倉。これ、好きなの?」
足を止めた俺の視線の先に気がついて、浅宮が後ろから話しかけてきた。
「うん、まぁ……」
「俺、取れるかチャレンジしてみるわ」
浅宮は言いながらゲームの機械に百円を投入している。
一度試したあと「これ、イケるやつだ。多分取れる」と言って、再びチャレンジして、今度は見事にぬいぐるみをゲットした。
「すげぇ! 浅宮!」
「俺こういうの得意なんだわ。YouTubeで攻略動画ばっか観てたときがあってさ」
浅宮は面白いやつだな。特技はクレーンゲームなのかよ。
「はい、これ三倉にあげる」
浅宮がボールチェーン付きぬいぐるみを差し出してきた。
「えっ、いいよ、浅宮が取ったんだから」
「三倉にプレゼントしたいから取ったんだ」
「なんだよそれ……」
「もらって。初デートの記念に」
「だからデートの練習だろ?」
「あ、そうだったな。じゃあ初デート練習の記念に」
浅宮はぽんとぬいぐるみを俺の手のひらの上に置いた。
「あ、ありがとう……」
浅宮は不思議な奴だ。俺にプレゼントしても、なんの得にもならないのに。クレーンゲームでゲットすることが好きなのかな。
浅宮と過ごす時間は楽しくて、気がつけば外はすっかり暗くなってしまっていた。さすがに帰らないといけない時間だ。
今は浅宮とふたりで大きな陸橋を歩いている。これを渡り終えたら駅だ。
「み、三倉……あのさ」
浅宮に声をかけられ、隣を歩く浅宮のほうに視線をやる。
浅宮は、やっぱりかっこいいよな……。こいつの見た目に弱点なんかない。頭の先から足の先まで完璧だ。
でも、浅宮がモテる理由が浅宮と一緒に過ごしてみてわかってきた。ビジュアルがいいからモテてるだけだと思っていたけど、きっとそうじゃない。浅宮は優しいし面白いし、すごくいい奴だ。実は性格がいいからモテてるのかもしれない。
「バカなこと言ってるってお前は笑うと思うけど」
「なに?」
「れ、練習したい……」
「え? ここで? 何を?」
「あの……。手を繋ぐ……練習……」
「えっ!!」
おい! 待てよ!
まぁわかるけど。そういうことほど初めての時どうしたらいいのかわからないって気持ちはわかるけど……!
浅宮は左手でそっと俺の右手に触れた。浅宮の手は俺より大きくて指が長いことに今さら気がついた。
浅宮はそのまま俺の手を握り込んでくる。
なんでだろう。これは練習だってわかってるのにドキドキする。
「三倉、俺、今日お前と一日過ごせてすごく楽しかった」
少しギクシャクした感じだけど、ふたり手を繋ぎながら暗闇から明るい駅の方角へと、歩いていく。
「また、俺とこうやって会ってくれる?」
正直俺も楽しかった。また浅宮と一緒に出かけたいと思った。
「いいよ。またデートの練習がしたくなったら付き合うよ」
これは練習。浅宮が好きなのは有栖で、こうやって手を繋いでいるのだって、浅宮が俺のことを好きでやってることじゃない。そう俺は自分に言い聞かせる。
「うん。練習でいい。なんでもいいからまた遊ぼうな」
浅宮がとびきりの笑顔で俺を振り返った。
——うわ、ヤバい。
こいつの悩殺スマイルにやられて浅宮に引き込まれそうだ。
そしてさっきからふたり握った手を、浅宮はぎゅっと固く握って離さない。
浅宮は男だ。そんなことはわかっているのにこんなにドキドキさせられるなんてあり得ない。
俺と有栖は違う。でも、浅宮なら男同士だとしても有栖を陥落させられるかもしれないなんて思った。
だってなんか、俺、浅宮のこと……。
浅宮はすごい。やっぱりお前はデートの練習なんて必要ないよ……。
でも、練習は要らないなんて浅宮に教えたら、自信がついた浅宮はすぐにでも有栖に告白するんだろうか。
そしたらもう俺とはこんなことしてくれないよな……。本命とデートをするに決まってる。
「きょ、今日の浅宮のプランは良かったと思うけど、有栖は人気があるからさ、もう少しだけ俺で練習してから告白したらどうかな」
「うん、そうする」
良かった。あとちょっとだけ浅宮と一緒にいられそうだ。
いやいや、ほっとする場面じゃない。
浅宮の恋を応援するんだよな。
なんで俺、浅宮の足を引っ張ってるんだよ……。