――二日後の、午前九時過ぎ。

 クレイダー九十九号は、次の街の駅に到着しました。
 とてもよく晴れた朝でした。澄んだ空気の気持ち良さに、リリアは背伸びをします。

「んー。今日もいい天気!」

 客室のドアから顔を出すと、先に駅へ降りていたクロルが、列車の脇でタンクの水の補給と交換の作業をしていました。

「お待たせ、リリア。それじゃあ、行こうか」

 客室の縁に立つリリアに、クロルは二日前と同じく手を差し出します。
 すると彼女は、ほんのり頬を染め、

「あ、うん……ありがとう」

 おずおずと、その手に自分のを重ね……
 ……ようとした、その時。

「はいカーット!!」

 突然、大きな声が聞こえ、二人はビクッと肩を震わせました。

「ダメダメ! 今のやり直し! もっとドラマティックに! もっとロマンティックにいこう!」

 そう言いながら、駅の柱の陰から現れたのは……背の低い、小太りの中年男性でした。
 目には黒いサングラス、肩にはニットのカーディガン、手にはメガホンが握られています。
 謎の人物の登場にクロルは唖然とし、リリアは背中にサッと隠れました。

「なにこの人、怖い……」

 クロルの肩からちらりと覗きながら、リリアが呟きます。その様子に中年男性は「ひょーっひょっひょ!」と変わった笑い声で上げて、

「いやいや、驚かせてすまない! 私の名はテリー。映画監督だ。この街へようこそ! 素敵なお二人さん!」

 そう、両手を広げて言いました。

「えいが、かんとく……?」

 首を傾げるリリアに、クロルははっとした様子で、

「ほら、前に言った『映画を作る人』のことだよ」

 そう言われて、リリアは一昨日のクロルとの会話を思い出しました――



 * * * *



「――あさって着く街は、"映画の街"って呼ばれているんだ」
「映画って……大きい画面に映し出されたものを、大勢で観るっていう、あの?」
「そうそう。リリア、映画のこと知っているんだね」
「名前だけね。映画館って場所は、私のいた街にもあったらしいんだけど……『天使さまに邪念が宿るといけないから』って観せてもらえなかった。そんなに恐ろしいものなの? 映画って」
「いや、必ずしもそうではないよ。僕もたまに降りた街で、数回しか観たことないけれど」
「どんなのを観たことがあるの?」
「えっと……怪獣が街に現れて、あちこち壊して回るやつ」
「……それって、おもしろいの?」
「いや、それがすごい迫力なんだよ。怪獣を止めようとする人たちの人間ドラマもあってさ」
「人間ドラマ……? って、何?」
「んー……人と人とが真剣に向き合うことで生まれる感動……みたいな」
「よくわかんないけど、とにかく映画がたくさん観られる街なのね」
「うん。映画館もたくさんあるし、撮影自体もあちこちでやっているらしい。でも、"映画の街"って呼ばれる理由は、それだけじゃないんだ」
「え、そうなの?」
「なんでもその街には、『監督』と呼ばれる人がたくさんいて、普通の日常をまるで映画のワンシーンみたいに特別に、感動的に演出してくれるんだって」
「……どういうこと?」
「例えば……誰かにプレゼントを贈るのにも、普通に渡すんじゃなくてさ。そのプレゼントを手に入れるのにものすごく苦労して、渡したいのに二人はすれ違って……諦めかけたその時に、素敵な場所で偶然鉢合わせて、やっと渡せる……みたいな方が、感動するでしょう? そういうシチュエーションを考えてくれる人が、あちこちにいるらしいんだ」
「……なんのために?」
「そりゃあ……ただの日常を、より刺激的なものにしたいからじゃないかな。映画みたいな、特別な出来事を好む人たちの街なんだよ」
「ふーん……なんだか不思議だね」



 * * * *



「――なるほど。コレがその『監督』!」

 回想を終えたリリアの呟きに、クロルが「『コレ』って言わないの」と小声で窘めます。
 テリーと名乗る監督は、顎に手を当てリリアのことをまじまじと見つめ、

「それにしてもお嬢さん、見事な羽をお持ちだね。これは自前なのかい?」

 そう聞いてくるので、彼女はやや警戒しつつ「じまえ……?」と再び首を傾げます。

「この羽を見ていると、創作意欲が掻き立てられるなぁ……君を主役にした感動巨編を撮ってみたいものだよ。さっそくさっきのワンシーン、リテイクいいかい?」
「……リテイク?」

 今回ばかりはクロルも一緒に首を傾げます。
 テリー監督は「ひょひょひょ!」と笑って、

「私の指示に従って、列車を降りる場面をやり直してもらいたいんだ。こんなかんじに……」

 と話し始めたテリー監督の物語は、次のような内容でした。



 ♢ ♢ ♢ ♢



 クロルは、心優しき若者。
 出会いと別れを繰り返す、孤独なクレイダーの運転手。

 ある日クロルは、走行中の列車にぶつかった一羽の小鳥を助ける。
 幸い軽傷で済んだ小鳥を手当てし、食料を分け与え、客室のベッドに一晩眠らせた。

 その翌日。
 彼が列車を停め、整備をしていると、

「運転手さん!」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
 鈴の音のように澄んだ声だった。
 客室を覗き込むと――そこには真っ白な羽を生やした、美しい少女が立っていた。

「君は……?」
「私、あなたに助けられた小鳥! 昨日は本当にありがとう!」

 彼女は羽を広げ、客室の床を蹴って飛び出す。

 ふわっ――

 と、少し浮いて、彼女はクロルに軽やかに飛び付き、

「私、あなたのことが好きになっちゃった! だから神さまにお願いして、人間にしてもらったの。私を……お嫁さんにしてくれる?」



 ♢ ♢ ♢ ♢
 


「えぇぇぇええ?!」

 そこまで聞いて、リリアは顔を真っ赤にして叫び、クロルは無言で苦笑しました。
 テリー監督は後ろ頭をポリポリと掻き、とぼけたように言います。

「あれ? 二人はそういう仲じゃなかったのかい?」
「そういう仲も何も、まだ出会って四日だし! ただの運転手さんと乗客だしっ!」
「ひょーっひょっひょ! すまんすまん、おじさんロマンチストなもので。若い男女を見るとつい恋愛物語を想像してしまってな!」

 笑う監督に、「どういう思考回路……」とクロルが呆れながら呟きます。
 頬を膨らませるリリアに、テリー監督は「まぁまぁ」と手を掲げて、

「私のシナリオが気に入らなかったのなら謝るが、つまるところこの街は、こういう場所なんだ。日常に潜むロマンティックの原石を拾い集め、それをフィクションという名の宝石にしていく――それを担うのが、我々『監督』だ。映画を観るのも、映画の世界に入ってみるのも大好きな人たちが住む。そんな街なんだ」
「なにそれ、やっぱり意味わかんない!」
「むむ。実際に見てもらった方がわかりやすいかな? ならば、私がこの街を案内しよう。ついてきたまえ!」

 そう言って、テリー監督は勝手に歩き出します。
 それに、クロルとリリアは顔を見合わせ、

「………………」

 とりあえず、ついていくことにしました。