リリアの問いかけに、クロルは「へっ?」と素っ頓狂な声を上げ、

「いや、別にそういうわけじゃ……第一、住民以外は参加できないだろうし……」

 と、慌てて否定しますが、それをイサカさんは笑い飛ばし、

「参加できるぞ。お試し初心者モードでな」
「お試し初心者モード?」

 クロルとリリアが声を揃えて首を傾げます。

 と、ちょうどその時、一行は目的地に到着しました。
 街の四分の一の面積を占めるゲームエリアの入り口です。
 
 その広大な土地全体が、白い建物ですっぽりと覆われていました。天井部分はドーム状になっているのか、少しふくらんでいるように見えます。しかしあまりにも巨大で、壁も屋根もその端が見えない程でした。
 
 入り口にはこれまた巨大な門があり、今は左右に開かれています。その中に受付と思われるカウンターが建っていて、『ビル街エリアはこちら↑』などの案内板が掲げられていました。

 一行は門をくぐり、建物の中へと入ります。
 すると、

「……え……?」

 クロルとリリア、そしてずっと黙ってついて来ていたポックルまでもが驚愕し、声を上げました。
 何故なら……

「建物の中に……」
「……空が、ある」
「……ニャ」

 外から見た時は、確かにドーム状の、白い屋根のある建物に見えました。しかしその内部には、気持ちの良い青空が広がっていたのです。白い雲が少しずつ形を変え、流れてゆくのさえ見て取れます。

「ど、どうなっているの……?」
「驚いたか? これが我が街の技術の集大成、ゲームエリア"シャングリラ"だ!」

 イサカさんが両手を広げ、高らかに言います。

「空のように見えるが、あれはパネルに映し出された映像だ。実際の天候に左右されず、且つ屋外の開放的な雰囲気でゲームを楽しむことを追求した結果、こうなった。曇りにすることも、時間を変えて夜空にすることもできるぞ」

 リリアが目を輝かせ「す、すごい……」と唸ります。イサカさんが自慢気に続けます。

「ちなみに、このゲームエリアにはセンサーが張り巡らされていて、ヒットを感知し自動でポイントの増減をカウントしてくれる。住民である俺たちには皆マイクロチップが埋め込まれていて、そこにゲーム内容が記憶されていくんだ」
「なるほど。すごいシステムですね」

 すんなり理解するクロルに対し、リリアはパンク気味の頭をぐわんぐわん揺らしました。

「では、マイクロチップがない僕らはどうやって、その……お試し初心者モードで遊べるんですか?」
「ああ、それだが」

 と、イサカさんは受付カウンターへと向かいます。カウンターにはスタッフの女性が一人いました。その女性がイサカさんを見るなり、親しげな様子で声をかけてきます。

「あ、イサカさん! 今月もあと少しですが、頑張ってくださいね!」
「おーマリちゃん、ありがとう。俺のエントリー手続き、よろしくね。あと、この子たち他所の街から見学に来たんだけど、『お試し初心者』で登録してあげて」
「あら、お客さんなんて久しぶりだわ。こんにちは。みんな、楽しんでいってね」

 眼鏡をかけた茶髪の受付嬢……マリさんが、こちらにウィンクします。

「それじゃあ二人とも、パスを貸してもらえるかしら」

 マリさんにそう言われ、クロルとリリアは一度、互いの顔を見合わせます。それに、マリさんは「ふふっ」と笑い、

「大丈夫、お金を取るわけじゃないわ。二人の情報をこのシャングリラのシステムに登録するのよ。そうしないと、ポイントの表示ができないからね…………はい、終わったわ」

 と、マリさんはコンピューターの画面に二人のパスをかざして手早く操作すると、すぐに返してくれました。それから続けて、赤いゴム製の腕輪を二つ差し出します。

「二人とも腕に付けておいてね。百ポイント分付与したから、これで参加ができるわよ」

 それがどういう仕組みなのかいまいちわかりませんでしたが、成り行きで自分まで参加することになったことに気付き、リリアは受け取ってから「はっ!」と声を上げました。
 クロルが腕輪をはめながら、ポックルの方へと振り返ります。

「ポックルはどうする? 参加、してみる?」

 聞かれたポックルは、だるそうに言いました。

「ごっこ遊びに興味はニャいが……他にやることもニャいし、付き合ってやってもいいニャ」

 すると、それを見たイサカさんが身体を仰け反らせて驚きます。

「おぉっ! この猫、喋れるのか! 噂には聞いていたが……本当にいるんだなー、喋れる猫」

 しかしポックルは返答もせず、やはりめんどくさそうにツンとそっぽを向きました。

「ハッハッハ! マリちゃん、猫はルール上参加できるのか?」
「うーん、パスがないから登録はできないけど……ポイントなしでよければ混ざってもいいんじゃない? 面白そうだし」

 と、あっさりとポックルの参加も決まりました。
 イサカさんはあらためて二人と一匹の正面に立ち、腰に手を当て、

「あと一時間ほどで今日のゲームが始まるぞ。その前に、君たちの服と武器を決めなくちゃな。ここまで来たら最後まで面倒見てやるから安心してくれ。さぁ、こっちだ」

 そう言うと、二人と一匹を受付カウンターのさらに奥へと案内しました。
 


 ――その後。
 準備スペースにてそれぞれの武器を見繕ってもらい、迷彩服に着替え(リリアは羽の、クロルはリュックの上から羽織る形で着ることにしました)、試し打ち場でそれぞれの銃の使い方を教わり、いよいよ開始時間になりました。

 三人と一匹はゲームエリアへと入ります。ほかの参加者も続々と集まってきていました。月初めには三百人ほどが参加するそうですが、だんだん脱落して、月末の今日は三十人ほどしか残っていないそうです。

「さぁ、サバイバーのみなさん! 今月のゲームも残すところあと三回! 高得点の猛者ばかりが残る白熱した展開になってきたよー! まだまだ逆転の可能性はあるから諦めないでね! 視聴者のみんなも、盛り上がっていこー!」

 天井の青空の一部が四角い画面に切り替わり、先ほど受付をしてくれたマリさんのご機嫌なアナウンスが映し出されます。

「しちょうしゃ?」
「ゲームの様子をライブ映像で配信しているんだ。参加しない住民はみんな視ている」

 と、リリアの呟きにイサカさんが答えます。

「スタート位置の確保はオーケー? あと十秒で始めるよー!」

 マリさんを映していた画面の映像が切り替わり、カウントダウンが始まります。


「スリー、ツー、ワン……スタート! グッドラック、サバイバー!」


 サバイバルトーナメントの幕が開けました。