市内でも、平均的な偏差値の進学校である種千高校。そこの二年生である私は学校が憂鬱で仕方ない。


 勉強も、スポーツも、可愛さも、可もなく不可もなく。なんの特徴もないのが現実の私だ。


 それだけなら良かったのに、私は誰もやりたがらなかったクラス委員長をやっている。


 先生には厄介ごとを任され、クラスのみんなにはいいように使われ、もうなにがなんだかわからない。


 だだ、そんな私が気にしていることはひとつだけ。


 空気を読むこと。みんなの敵にならないように、ひたすらに自分の気持ちを押しころしている。


 なぜ私がクラス委員長になったかと言うと、クラスの誰かが真面目だからという理由で私を推薦したのだ。


 断ったら陰口を言われるかもしれないし、断ることができず、そのままクラス委員長をやることになった。


 クラスメイトは「真面目な椿さんなら適任だよ」と言って、先生は「椿、お前なら安心だ」と適当なことを言って笑っていた。


 みんな勝手だ。


 「はい。じゃあ職場体験があるから、進路のことも考えて自分の行きたい場所を決めておくように。次は学園祭でのクラスの出し物についてだ。椿」


 先生に自分の名前を呼ばれて立ち上がる。もちろん無気力に。


 でも、それを悟られないように実際の私はてきぱきと動く。


 「それじゃ。学園祭の話、頼んだぞー」


 そう言って先生は教室を出ていった。


 私が黒板の前に立ってみんなのほうを見ると、誰も私のほうなど向いていない。


 今日、学校終わったらカラオケいく、誰と誰が付き合ってる、学園祭がだるいなど雑談をしている。


 「学園祭でやりたいことある人はいませんか?」と、私が訊いても反応は返ってこない。


 私の小さい声など喧騒にかき消されてしまう。


 そのとき、教室のドアががらっと音を立てて開いた。


 「うーっす。遅刻したわー」と、ひとりの男子生徒が教室に入ってくる。


 まるで夜空に輝く月のような金髪の髪、誰が見ても格好良いと思うような整った顔立ちときっとしたつり目、その中にある硝子玉のような綺麗な瞳、胸元をルーズに開けたシャツ。


 クラスメイトで不良の蘇轍月だ。


 「月ぃ!遅いじゃん。なにやってたんだよ」と、クラスメイトであり彼と仲が良い加納達也君が訊くと「あ?スケボー。桜舞公園で朝練してきたわ」と月君がだるそうに答えた。


 「きゃー。月君がスケボーやってるとこ見てみたいよね」と、クラスの女子たちが騒いでいる。


 「俺にも今度スケボー教えてくれよぉ」と、達也君が頼むと「やだよ。めんどくせえ。自分で覚えろ」と、月君は一蹴した。


 私の話なんて誰も聞かないのに、月君が教室に入ってきたら彼の話題でもちきりだ。


 なにひとつ取り柄のない私と月君の魅力の差だろう。


 月君は容姿が良く、スポーツはなんでもできる。


 とげとげした性格で、一匹狼のような気質の不良で群れることはしない。


 どこかミステリアスで、まるで夜空に輝く月のような神秘的な魅力を放っている。


 朝陽などという名前だけの私と違って、彼は月というその名前にまったく名前を負けしていない。


 彼はクラスの中で、女子はもちろんのこと男子からも人気者だ。


 そんな月君が、自分の席に座るために私の前を通る。


 「月君。今、学園祭の出し物の話してるんだけど、月君はやりたいことない?」と、私は彼に訊ねた。


 彼はじろりと私を睨むと「お前さ。なんで委員長なんてやってんの?」と呟く。


 「え、だって。推薦してくれた人がいるし、誰もやりたがらなかったし、みんなのためだよ」


 「うっざ。張りぼてが俺に話かけんな。それか偽善者か?学園祭はきらいだからいかねえ」


 「なんでそんな酷いこというの?私、月君のなにかいやなことしちゃった?もしそうなら、ごめんね」


 私は必死に笑顔で取り繕う。


 彼はそんな私をきっと睨むと「俺、お前きらいだから」と、吐き捨て自分の席にいってしまった。


 今は必死に笑顔を貼り付けているが、私は心の底からこいつが大きらいだ。


 本当は喋りたくないし、同じこの教室にいるのもいやだ。


 結局、そのあとも学園祭のことはなにも決まらなかった。


 休み時間になると、すぐに私は別校舎の空き教室に逃げ込む。


 誰もいないこの場所が、校内で唯一、私の心のオアシス。


 あぁ、思い出すだけでもいやで仕方ない。もう教室に帰りたくない。


 私なんかが、委員長でみんなをまとめられるわけがないのだ。


 そんなことを考えていると、目から涙があふれてきた。


 そのとき、誰も来ないはずの空き教室のドアが音を立てて開く。


 中に入ってきたのは月君だった。


 驚いている私に気づくと「誰もいないとこでだらだらしようと思ったのに、なんでお前がここにいんの」と、彼は言った。


 泣いていたことを悟られないように「ごめんね。邪魔だったよね。出ていくね」と、私はさっと教室を出ようとする。


 それなのに「お前、泣いてたのか?」と月君が呟く。


 私の真っ赤になった目を見て気づいたのだろう。


 普通、女の子が泣いていたら慰めるものだが、彼にそれは期待しないほうがいい。


 「ひとりでこの空き教室で泣いてたってわけか。弱っ。俺やっぱお前きらいだわ。弱くて見てるとイライラする」


 私は、彼を無視して空き教室を飛び出す。


 もう心がばらばらに壊れてしまいそうだ。