今日は学園祭、当日。


 駅の改札前。これから電車に乗ろうとする私のスマホが鳴った。


 スマホの画面を見ると星崎さんからの電話だ、いやな予感がする。


 星崎さんの班は、当日、早めに学校に行って屋台の設置をする担当だ。


 その星崎さんからの電話ということは、なにか足りないものがあったのだろうか。


 とりあえず、私は電話に出た。


 「もしもし、朝陽ちゃん。大変なのっ」


 慌てた星崎さんの声色から緊急事態だとすぐにわかる。


 「どうしたの?」と、私はおそるおそる訊ねた。


 「ガスとがないのっ!焼くコンロも一式ないのっ!焼きそばの材料も、看板も、鉄板も、全部あるんだけど、うちのクラスだけガス周りのものがないの」


 私は頭がパニックになりながらも、なんとか状況を整理する。


 ガス周りのものは、たしか月が電話で達也君に頼んでいた。達也君がガスを借りる手配をすっぽかしてしまったということだろうか。


 ガスは事前にレンタル業者に電話をして、取りに行かないといけないことになっている。


 達也君は、月とスケボーするから学園祭には来ないと言っていた。達也君に確認の電話をしている暇などない。


 それに達也君は月と教室を出ていってしまったので、学園祭の話し合いすらろくに参加していない。だから、そもそもわかるはずがなかったのだ。


 ガスがないと屋台はどうにもならない。そんな大事なことを達也君ひとりに任せてしまって、この状況を完璧に予測できなかったのは委員長である私の責任だ。


 「朝陽ちゃん、どうしよう。これじゃ焼きそば焼けないよぉ」


 「落ち着いて、星崎さん。私の家にカセットコンロがふたつある。それを使おう!今から取ってくるね!ガスボンベも何個か予備でコンビニで買ってくる」


 そう言って私は電話を切った。


 かけ足で駅から家まで戻って、カセットコンロをふたつボストンバッグに詰め込む。


 そのあと、コンビニでガスボンベも何個か買って学校へと向かった。


 私が学校に着いた頃には、学園祭が始まるギリギリの時間。


 それでも朝の準備要員のクラスメイトたちが、ちゃんと役割通り動いてくれていて焼きそばの屋台は、ガスの到着を待つのみとなっていた。


 なんとか間に合った。


 ガスでのトラブルはあったものの、学園祭が始まってみると、うちのクラスは順調に焼きそばを焼くことができた。


 クラスメイトたちは、焼きそばを焼く担当、タッパーに詰める担当、接客や呼び込み担当、と自分たちの役割がわかりやすく決まっていると、ちゃんとその通りに動いてくれるのだった。


 その役割を考えたのは私で、やっと初めてクラス委員長らしいことがきたと、密かに手応えを感じる。


 昼過ぎには焼きそばは完売。私は片付け担当のクラスメイトたちと屋台の片付けに取りかかる。


 無事に学園祭をのりきった、と思った矢先。


 「おい!このクラスのガスコンロ登録がないぞ。どういうことだ?」と、機材管理をしている男性教師に見つかってしまった。


 そのあと、すぐに担任の先生が呼ばれてやってきて、私たちを容赦なく叱りつける。


 「おいっ!どういうことだお前たちっ!ちゃんとガスを準備できてなかったのか?なんですぐに言いに来なかった?勝手にガスコンロを持ち込みして、火事になったらどうするんだ!誰だ持ってきたやつは?」


 先生が激昂する中、クラスメイトたちのひそひそ話が聞こえてしまった。


 「このガスコンロって、たしか持ってきたの委員長だったよな?」


 「なら、委員長のせいじゃん」


 「なんで私たちまで怒られなきゃなんないの?」


 「焼くそばやりたいって言い出したのも委員長だったよね」


 「委員長がもともと焼きそばなんてやるって言ったからこんなことなったんだよ」


 「マジで無能委員長だな」


 先生に怒られていることなんてどうでもいい、それよりもクラスメイトたちの冷たい言葉がぐさぐさと心に刺さるほうがよっぽどつらかった。


 もう、なにも聞きたくない。やっぱり私はだめなんだ。全部がいやだ。私は、私でいたくない。


 一秒でも早くこの時間が終わってほしい、そんな思いで「ガスコンロを持ってきたのは、私です」と、はっきり言って私は怒る先生の前に出た。


 「椿。このガスコンロはお前が持ってきたんだな?」


 先生が私をぎろりと睨みつける。


 今回のことは進学にひびくのだろうか、親に連絡がいったら、きっとお母さんは泣いてお父さんは怒るだろうな。いつも私は損なことばかりだ。でも、もうどうでもいいや。私なんて、なにやってもだめな良いとこなしなのだから。


 「はい。私がガスコンロを借り忘れてしまったので勝手に家から持ってきました。クラスのみんなは悪くありません、全部私が勝手にやったことです、ごめんなさい」


 私は頭を下げた。


 泣いてしまいそうだ、きっと今泣いたら気持ち悪いとか、お前が悪いくせに被害者ぶりやがってなどと思われるのだろうか。そう思いながら死んでも泣くものかとぎゅっと目をとじた。


 そのとき。


 「ちょっと待て、こらあああああ!」


 急にどこからか強い怒りの表情をした月があらわれた。


 「え、月?今日は来ないんじゃなかったの?」


 私が驚いていると「あぁ!?スケボーやってたらよぉ。達也がいきなり、ガスのレンタルはしたけど取りにいくの忘れたって言い出しやがって。んで、やべーことになってねえかと思って見にきたらこれだよ」と、月が私を見て言った。


 そして、月は周りを睨んで「お前ら、全員なんでもかんでも朝陽のせいにしてんじゃねえよ!くそが」と怒り散らす。


 すると「月君だって今日いなかったじゃん」と、クラスの誰かの声が聞こえた。


 「うるせえ!俺は材料運びも、キャベツ切んのも、看板作りも全部やったんだよ!お前らなんでも朝陽ひとりにやらせやがって!今、文句言ったやつ出てこい。お前が明日から委員長やれや!おらっ」


 そう言って月が、屋台を蹴っ飛ばして焼きそばの鉄板をひっくり返す。


 「おい!やめろ蘇轍!暴れるなっ」


 先生が慌てて止めに入ったが「お前は、なんでガスがねえことを前もって確認してねえんだよ!それを朝陽のせいにすんなよ!いつも朝陽になんでも任せっぱなしにしやがって!そのくせ、なんで今朝陽を吊し上げてんだよ!ふざけんな」と、月は先生にまで殴りかかる。


 そのあとは、もうめちゃくちゃだった。


 先生に殴りかかる月をクラスの男子みんなで止めて、私は大泣きして先生に、月を退学にしないでほしいとしがみついて頼んで…。