夏休みが終わってまた地獄の学校が始まった。それでも九月には、悠さんから紹介された保育園に職場体験にいく予定だったので、それだけを楽しみに過ごした。
そして職場体験の当日、私は荷物を確認する。
荷物といっても、体操服とエプロンだけなので準備もらくだ。
地下鉄で、職場体験先の保育園から最寄りの駅である、M区運動場公園駅で降りる。
地下鉄の出口から出て、少し歩くとすぐに目的地である、かえでのは保育園が見えてきた。
築五年ほどのまだ新しい保育園。白色の塗装がしてあり、木のあたたかみが感じられる三階建の建物で広い園庭があった。
保育園の駐輪場に、うちの高校のシールが貼ってある自転車が置いてある。
私の他にもこの保育園に職場体験に来た生徒がいるようだ。誰だろう。
保育園の玄関にあるインターホンを押すと「はい。どちら様ですか?」と女性の声がした。
「職場体験に来ました。種千高校の椿朝陽です」
「あー。種千高校の生徒さんね。待っててね」と言ってから、すぐに保育園の玄関から驚くほど綺麗な女性が出てきた。
「いらっしゃい、椿さん。話は聞いているわ。あがって」
その綺麗な女性に来客室まで案内された。
「予定の時間よりまだ少し早いから、この部屋で待っててね」
そう言って綺麗な女性はどこかにいってしまった。
私は来客室のドアを開けると、驚きのあまり一瞬、時間が止まったかと錯覚をする。
なぜ、こいつがいるんだ。
ここは、こいつが最も来なさそうなところなのに。
私が立ちすくんでいると彼のほうから口を開いた。
「なんでお前がここに来るんだよ」と、めんどくさそうな顔をしている。
それは私のセリフだ。
目の前にいるのは、私が大きらいな不良クラスメイト、蘇轍月だった。
こいつとは夏祭りの夜から会話もしていない。
柄の悪い人たちから助けてもらったのに、感謝どころか悪態をついてしまって、今更ありがとうなんて素直に言えないし、私にとってはばつが悪い。
星崎さんからは理解が追いつかないDMも届くし。今いちばん会いたくなかった人物だ。
「なんで、あんたが保育園にいるの?保育士とかきらいそうじゃん」
仕方がないので、私はテーブルを挟んで彼の正面に座る。
「最近、公園でスケボー教えてもらってる人に紹介されてきたんだよ。お前には関係ねえだろ。お前こそ、なんでいるんだよ?」
「私も公園で知り合った、保育士でギターやってる人に紹介されてきたの。それに私は将来、保育園の先生になりたいの」と、あえてきっぱりと言った。
こいつに今更弱いだとか、偽善者だとか思われても別にいい。私は、私を貫くだけだ。
バカにするなら勝手にしろ。
しかし、彼は「ふーん」と言ったきりなにも喋らなくなった。
どういうつもりで不良のこいつが保育園に職場体験で来たのか、私には見当もつかない。
本当にこいつはなにを考えているのだろう。