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 ――その翌日の朝、珍しい人物から連絡があった。同期入社の久保である。僕が異動してからも同じ社内にはいるのだが、こうして連絡を取り合うことはなくなっていたのだ。

『――よう、桐島! 久しぶり!』

「久しぶり、ってなぁ。先代の社葬の時にも会ったじゃん」

 僕は呆れてツッコんだ。三日前に会ったばかりなら「久しぶり」とは言わないだろう。

『ん……、まぁそうなんだけどさぁ。あん時はゆっくりしゃべるヒマなかったじゃん? お前忙しそうだったし。おたくの小川先輩から聞いたよ、お前が会長秘書になったって』

 小川先輩と久保は入社当時から顔見知りだったので、ヤツが彼女から聞いたことも僕は不思議に思わなかった。

「うん、そうなんだよ。で、明日が俺と絢乃会長の初陣』

『らしいな。でさ、その就任会見の司会進行、オレがやることになったからよろしく』

「……………………はぁっ!? なんでお前が?」

 僕は自分の耳を疑った。記者会見の司会は普通、広報課の仕事のはずなのに。なぜ総務課所属の久保が!? まさか、()()()()が仕事を横取りしたのか!?

『うんまぁ、こっちにも色々と事情があんのよ。(こま)けぇことは気にすんな?』

「……………………あっそ」

 ところが、久保には答えをのらりくらりとはぐらかされたので、僕には何だかそれ以上追及する気が失せた。

『――とにかくそういうことだからさ、明日はよろしく。新会長さんにもよろしく言っといてくれよ』

「へいへい、伝えとく。じゃあな」

 僕は一方的に電話を切ったが、久保からの折り返しはなかった。

 この時、僕は出かけようとしていたのだった。クリスマスプレゼントに絢乃さんから頂いたネクタイに合う色のスーツを新調しに、紳士服店まで。
 僕が持っていたグレー系のスーツに、あのネクタイは合わない。せっかく正式に秘書就任が決まったので、新しいスーツ姿でビシッと決めて初陣に(のぞ)もうと決めていたのだ。
 愛する人の側で、カッコいい僕でいるために――。