加奈子さんに一応お伺いを立ててみると、「ええ。桐島くん、ありがとう。お願いね」と僕の機転を感謝された。
「では行きましょう」と絢乃さんを促していると、「何なんだ君は! 赤の他人が出しゃばるんじゃない!」と親族からの偉そうな野次が飛んできたが、僕はそんなことに構っていられなかった。確かに僕は他人だが、親族のくせに身内を追い詰めるような人に言われる筋合いはなかったのだ。
「彼はこの子の秘書なんだけど、何か問題ある?」
加奈子さんがすかさず援護射撃して下さって、僕に手でシッシッと合図した。まるで犬でも追い払うようだが、「早く行きなさい」という意味なのだと僕は理解した。
絢乃さんは座敷にお戻りになるつもりはないらしく、キチンとコートとバッグまでお持ちになっていた。
* * * *
絢乃さんを待合ロビーまでお連れした僕は、彼女をソファーに座らせて自分も隣に腰を下ろした。
自販機やトイレなどがあり、ほどよく暖房も効いていたロビーには僕たち以外に誰もいなかった。たまたまこの日、午前に火葬炉の予約が入っていたのが篠沢家だけだったからだろう。
「――絢乃さん、もしかしてお父さまが亡くなられてから一度も泣かれていないんじゃないですか?」
僕は過呼吸が治まっていた絢乃さんに優しく問いかけた。身近な人が亡くなった時、思いっきり泣くのがいちばんのストレス解放の方法だと思うのだが、責任感の強い彼女はそれができなくてこうなっているのではないかと思ったのだ。
「うん……。だって、ママの方が絶対悲しいはずだもん。ママが先に泣いちゃったら、わたしは我慢するしかなかったの」
そこで聞かされた、彼女の悲しい本音。なるほど、優しい彼女はお母さまに遠慮して泣くことができなかったのか……。
でも、彼女のストレスの原因はそれだけではなかった。ご自身やお父さまに対する親族からの罵詈雑言に耐えかね、ご立腹だったのだ。
彼女には、心の中に溜まったマイナスの感情――毒を思いっきり吐き出して頂かなければ。そう思った僕は、彼女に「ここなら僕以外に誰もいませんから、思いっきり泣いていいですよ」と言った。僕はあなたの秘書だから、全部受け止めますよ、と。
ヒーローになりたいのに、彼女のためにこんなことしかできない自分を情けなく思いつつ優しく背中をさすると、彼女は大粒の涙を流しながら声を上げて泣き出した。
体を折り曲げ、泣きながら吐き出したお母さまや親族への恨み節も、僕は鷹揚にして受け止めた。
彼女には泣く権利も、恨み言を言う権利もあったのだ。だってまだ子供だったのだから――。そして、彼女がそんな姿をためらわずに見せられる相手が、この先もずっと僕であってほしいと願うのだった。
「では行きましょう」と絢乃さんを促していると、「何なんだ君は! 赤の他人が出しゃばるんじゃない!」と親族からの偉そうな野次が飛んできたが、僕はそんなことに構っていられなかった。確かに僕は他人だが、親族のくせに身内を追い詰めるような人に言われる筋合いはなかったのだ。
「彼はこの子の秘書なんだけど、何か問題ある?」
加奈子さんがすかさず援護射撃して下さって、僕に手でシッシッと合図した。まるで犬でも追い払うようだが、「早く行きなさい」という意味なのだと僕は理解した。
絢乃さんは座敷にお戻りになるつもりはないらしく、キチンとコートとバッグまでお持ちになっていた。
* * * *
絢乃さんを待合ロビーまでお連れした僕は、彼女をソファーに座らせて自分も隣に腰を下ろした。
自販機やトイレなどがあり、ほどよく暖房も効いていたロビーには僕たち以外に誰もいなかった。たまたまこの日、午前に火葬炉の予約が入っていたのが篠沢家だけだったからだろう。
「――絢乃さん、もしかしてお父さまが亡くなられてから一度も泣かれていないんじゃないですか?」
僕は過呼吸が治まっていた絢乃さんに優しく問いかけた。身近な人が亡くなった時、思いっきり泣くのがいちばんのストレス解放の方法だと思うのだが、責任感の強い彼女はそれができなくてこうなっているのではないかと思ったのだ。
「うん……。だって、ママの方が絶対悲しいはずだもん。ママが先に泣いちゃったら、わたしは我慢するしかなかったの」
そこで聞かされた、彼女の悲しい本音。なるほど、優しい彼女はお母さまに遠慮して泣くことができなかったのか……。
でも、彼女のストレスの原因はそれだけではなかった。ご自身やお父さまに対する親族からの罵詈雑言に耐えかね、ご立腹だったのだ。
彼女には、心の中に溜まったマイナスの感情――毒を思いっきり吐き出して頂かなければ。そう思った僕は、彼女に「ここなら僕以外に誰もいませんから、思いっきり泣いていいですよ」と言った。僕はあなたの秘書だから、全部受け止めますよ、と。
ヒーローになりたいのに、彼女のためにこんなことしかできない自分を情けなく思いつつ優しく背中をさすると、彼女は大粒の涙を流しながら声を上げて泣き出した。
体を折り曲げ、泣きながら吐き出したお母さまや親族への恨み節も、僕は鷹揚にして受け止めた。
彼女には泣く権利も、恨み言を言う権利もあったのだ。だってまだ子供だったのだから――。そして、彼女がそんな姿をためらわずに見せられる相手が、この先もずっと僕であってほしいと願うのだった。