――僕は会社へ戻るクルマの中で、改めて秘書室へ異動する意思を固めた。

「――もしもし、桐島です。小川先輩、今話して大丈夫ですか?」

 ハンズフリーでスマホから先輩の携帯に電話をかけると、彼女はすぐに出てくれた。とっくに昼休みは終わっていて仕事中だったはずなのに大丈夫だろうか? と電話した張本人が心配したところで、「お前が言うんかい」という感じだが。

『桐島くん? ――うん、大丈夫だけど。ミッションは完了したの?』

「はい。今戻るところなんですけど。――俺、秘書室に異動しようと思います。で、先輩から人事部の(やま)(ざき)部長に根回ししてもらってもいいですか? ホントは自分で言わないといけないと思うんですけど、事情が事情なんで」

『事情が事情、って。つまり島谷さんからの嫌がらせが原因じゃないってことね?』

 時間的に、小川先輩のところにも加奈子さんから連絡が行っているはずだと思い、僕はその「事情」を彼女に話した。

「そうなんです。……先輩のところにも連絡行きました? 会長が末期ガンで、あと三ヶ月しか生きられないらしいって」

『うん、奥さまから電話があったよ。……で?』

「これ、あくまでも最悪の事態を考えておかないと、っていう話で聞いてほしいんですけど。会長が亡くなった後、多分後継者になられるのは絢乃さんだと思うんです。で、俺はその時、秘書として絢乃さんのことを支えたいと思って。……ただ時間があまりないんで、正規の手続きを踏んでたら間に合わないと思うんです。だから……」

 これじゃまるで、僕は源一会長が亡くなるのを待っているみたいな言い方だ。でも、僕には全然そんなつもりはなく、あくまで備えとしてそう決めたに過ぎないのだ。

『……分かった。それはあくまで、万が一の時に備えてってことね? で、正規の手順をすっ飛ばして異動したい、と。そういうことなら、あたしも力貸すわ。可愛い後輩の頼みだしね』

「えっ、ホントですか!?」

『うん。山崎部長の秘書の(うえ)(むら)さんと親しいから、彼女から部長に話通しといてもらうね。桐島くんとしては早いほうがいいでしょ? 明日……は土曜日か。じゃあ週明けにでも面談セッティングしてもらう?』

「ええ、それで大丈夫です。先輩、あざっす!」

 僕は小川先輩にお礼を言った。話の分かる先輩を持てて僕は幸せだ。

 ――会社に戻れば、またいつもどおりの仕事に追われる。先輩がどの程度島谷氏の説得に成功したのか定かではないが、もしかしたら普段以上に風当たりがキツくなるかもしれない。が、異動の意志を固めたことで、正直そんなことはどうでもよくなっていた。