なるほど、専務からか……と納得しかけた僕は首を傾げた。小川先輩がどうしてそのことを知っているのか。少なくとも、僕からは話していなかったはずだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで先輩、そのこと知ってるんすか? 俺、話してなかったっすよね?」

「ああ、あたしは会長から聞いたの。愛する桐島くんのためにそこまでされるなんて、健気な方よね~♡ そしてそんな彼女に甲斐甲斐しく尽くす桐島くんも可愛すぎ!」

「…………はぁ、どうも」

 僕はおかしな褒め方をされて、何だかむず(がゆ)かった。でも、世の中に恋する純情少女がいるなら、恋する純情青年がいたって不思議ではないと思う。

「…………そう、なんですか? 室長。でもいいんですかね? 職場恋愛なんて、社内の風紀が乱れるんじゃ?」

「いいんじゃないかしら。私も職場恋愛で結婚したし、仕事中に濃密なラブシーンでも披露されない限りは」

「…………僕に限ってそれはないです」

 少なくとも、オフィス内ではキチンと節度や適切な距離感をわきまえて絢乃会長に接していたのだ。スキンシップもほどほどに、肩をお揉みしたり、髪やお肌に触る程度で抑えていた。行き過ぎて頭ポンポンくらいのものだ。たまに呼び方が「会長」ではなく「絢乃さん」になってしまうのはご愛敬である。

 と言っている間に、もうじき加奈子さんが出社される頃だ。社長もそろそろ出勤されるというので、僕と先輩はそれぞれの執務室へ向かうために腰を上げた。

「――ところでさ、桐島くん。もうすぐホワイトデーでしょ。チョコのお返しは何か考えてるの?」

「…………まぁ、一応は。ただ、会長の分をどうしようかと思ってて」

 絢乃会長は「チョコのお返しは要らない」とおっしゃっていたのだが、それでも何か用意しておいた方がいいのだろうかと悩んでいた。

「そういうのは気持ちの問題だからね、どんなささやかなものでもいいと思う。会長だって、口では『要らない』っておっしゃってても内心では期待してるはずだから、ご迷惑にはならないと思うよ」

「…………そうなんすか?」

「うん、オンナ心ってそういうものよ。だから、女性の言葉を額面どおりに受け取っちゃダメ」

「……なるほど。肝に銘じておきます」

「ま、女性不信のあなたには難しいだろうけどねー」

「…………」

 この人はまた余計な一言を。先輩なので申し訳ないと思いつつ、ちょっとイラッときた僕は彼女をひと睨みしたのだった。