――バレンタインデーの前に、また絢乃さんに惚れ直すような出来事があり、僕の彼女への抑えきれない恋心はますます深まった。僕もひどい目に遭わされた総務課のパワハラ問題解決のために、彼女自ら動き出されたのだ。
 彼女はどうしてご自身のためではなく、僕やほかの人のためにここまでできるのだろう? それも自己犠牲なんかじゃなく、前向きな理由から。彼女のそういうところに、僕は一人の異性としてだけでなく一人の人間としても惹かれていたんだと思う。

 ――そして迎えたバレンタインデー。その日、絢乃会長は学年末テストの最終日ということで、僕は午前十一時半ごろに学校までお迎えに上がった。
 クリスマスイブと同じく粉雪が舞うほど寒い中待っていると、彼女は黒いピーコートの肩から提げている通学用バッグの他に、何やら大きめの紙袋を手にして出てこられた。――紙袋の中身はもしかして、彼女がもらった大量のチョコだろうか。
 スカートの裾から覗く、剥き出しの膝のあたりが赤くなっていて寒そうに見えた。

「会長、学年末テストは今日まででしたよね。お疲れさまでした。――で、その紙袋は何ですか?」

 助手席に乗り込まれた彼女に訊ねてみると、案の定後輩たちや里歩さんから頂いたチョコだというお答え。お一人では食べきれないので、会社の給湯室で保管しておいてほしい、とのことだった。
 世間に「女子校バレンタイン」なるものがあるということは僕も知っていたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだった。まるでどこかの某有名歌劇団のようだ。
 里歩さんは絢乃さん以上の数のチョコをもらっていて、「女の子にモテまくるのも困る」と笑っておられたらしい。彼氏持ちらしいが。

「でも安心して。もらうばっかりじゃなくて、わたしもちゃんとチョコ用意してあるからね」

「えっ? もしかして僕の分は……」

 もしや本当に手作りだろうかと、僕は期待を膨らませた。絢乃さんは有言実行の人だから、「手作りする」と言っておきながら「やっぱりやーめた」なんてことはないはずだ。
 そして、彼女に対しては何の疑いもなく期待を抱くようになった自分に少し驚いていた。

「それはナイショ♪ じゃあクルマ出して下さ~い」

「はい!」

 僕はワクワクする気持ちを抑えられず、鼻唄でも歌いそうになりながらクルマを発進させたのだった。
 ――この数時間後、僕はとんでもない大失態をやらかしてしまうのだが、この時にはそんなことを夢にも思わなかった。