薬を飲んだあと、リビングからわたしの部屋に移動した。


 「わたしは周りのいろんな人に恵まれたなぁ。わたしなんかには勿体無いくらい」


 ベッドに座ってそう呟くと、となりに座っている悠がなにか言いたげな顔をしている。


 「あ、ごめん。わたしなんかじゃないよね」と言い直したら、「なんだよそれ」と悠が笑った。


 「みんなが、今、晴に良くしてくれるのってさ。晴がみんなに感謝されるようなことをしてきたからだと思うよ」


 「えー、そんなことないよ。大したことはしてきてない」


 「俺だけじゃなくて、みんなもなにかしら晴の力になりたいって思ってる。そう思えるのはやっぱり晴が今まで積み上げたものなんだよ。だから晴はすごいよ」


 「もー、そんな褒めてもなにも出ないぞー」


 「俺は晴と一緒にいられれば、それだけでご褒美なんだよ」


 「悠って本当に彼女バカ!」


 わたしたちは部屋の灯りを消して布団に入った。シングルベッドなので身体を寄せ合う。


 いつものように、ひとりぼっちで冷たい布団に包まれるより、ずっと幸せな気持ちだ。


 悠のぬくもりを感じて身体がぽかぽかする。安心感に包まれる。


 「悠…」


 「ん、なに?」


 「だいすき。おやすみ」


 「俺もだよ。おやすみな」


 こんなにも安心した気持ちで、布団で横になるのはいつぶりだろう。安心感に包まれながら、わたしは目を閉じた。






 まだ空が暗いうちに目が覚めた。となりに悠の寝顔があるのが嬉しい。


 まだ起こすつもりはなかったのだけど、わたしが咳き込んでしまい悠がすぐに飛び起きて、わたしの背中をさすってくれた。


 しばらくして咳が落ち着いたので、わたしはリビングからふたりぶんの珈琲を入れて持ってきた。


 あたたかいマグカップを両手で包んで、ふたりで珈琲を飲んで一息つく。


 ふと窓を見ると、そろそろだ。


 良かった。わたしの好きな空を悠にも見せることができる。


 「わたしの部屋から、いつもすごく綺麗な朝焼けが見れるの。前から悠にも見せたかったんだ」


 そう言って、わたしは部屋の窓を開けた。


 冷たい冷気が入ってくる。ふたりで肩を寄せ合わせながら薄紫色の東の空を見ていると、徐々に空の上側が藍白へと変わる。


 空と街の間には白色の地平線ができて、その真ん中の白い光はどんどん力強く一切の闇を消し去っていく。


 そして、あたりの雲を桃色へと染めながら、金色に輝く太陽が空に昇った。


 わたしはひとりで、この朝焼けを見てどれだけ勇気をもらったか。


 何度、慰められたか。


 本当は、最初からひとりぼっちじゃなかったけど、どこかひとりで頑張らなければいけないと思っていた。


 それは、わたしなりの周りへの気遣いのつもりだった。でも結局、ひとりぼっちではわたしは不安に押しつぶされてしまう。


 きっと、わたしじゃなくても誰でも同じはずた。


 でも、いつでも側にいてくれる人がいるだけで、こんなにも安心ができる。


 勇気がもらえる。前向きになれる。


 わたしは不安と恐怖で震え、息が詰まる夜もとなりに悠がいてくれるだけで、心から安心して眠ることができる。


 そのことに気づいたのだ。


 「知らなかった。朝焼けってすっげえ綺麗だな」


 悠が驚きのあまり、ため息をつくように呟いた。


 「うん」


 「晴が空が好きな理由、なんか俺もわかったかも。言葉ではうまく言えないけど、なんか勇気もらえる」


 「わたしさ、たしかに空が好きなんだけど、本当は好きだから見てただけじゃないって気づいたの。いつもひとりでいやなこと考えると、そのいやな気持ちから逃げるために空を見てたんだ。でも今は…」と言いかけてから、なんかちがうなと思ってわたしは言い換える。


 「これから先はずっとこの綺麗な空を。わたしひとりじゃなくて悠と一緒に見たいと思ってる。つらいときも、楽しいときも、いろんなことに喜怒哀楽して、それを共有してたくさんの人に支えられながら、悠と一緒に生きていきたいんだ」


 「もちろんだよ、晴。ずっと一緒に見ような」


 しばらく、そのまま肩を寄せ合わせてふたりで朝焼けを見た。


 わたしはなんでも自分ひとりで頑張らなければいけないと思っていた。


 でも病気になって、自分ひとりではどうにもならなくなった。


 すると今度は、わたしなんかだめなやつだと思うようになっていった。


 病気で身体だけではなく精神的にも、わたしは壊れていったのだと思う。


 そして、わたしは悠との幸せな未来を諦めた。


 でも悠には、わたしがいなくなっても幸せになってほしくて、彼にひとりで生きていく力を身につけさせようと決意した。


 しかし、逆にわたしは彼に助けられてしまったのだ。


 悠は自分ひとりでは、いろんな事が一人前にできない。


 でも彼は人に助けられながら、なんとかしてきた。


 そんな悠は知っているのだ。人に助けてもらうことの大切さを。支え合うことの良さを。人のあたたかい心の強さを。


 そのあたたかい心の強さは、絶望に打ちひしがれ、すべてを諦めたわたしの心をまた生きたいと奮い立たせるほど強くあたたかいのだ。


 以前に悠が、わたしが側にいるだけで頑張れると言ってくれた。


 わたしは悠が側にいるだけで頑張れる。