わたしたちは、しばらく青空が広がる田んぼ道を歩いた。
「晴ぅ、俺んちまでタクシー使ったほうが良かったんじゃねー?」
「大丈夫だよ、これくらいの距離」
わたしはそう言って、悠のとなりを歩きながら日傘をくるくると回す。
「なら、その鞄もつわ」と、悠がわたしの着替えの入った鞄をひょいっと持っていく。
「べつに自分で持てるからいいのに」
悠は「俺が持ちたいから持ってんのー、筋トレだよ」と言って、わたしの鞄をダンベルのように上下に動かす。
そのとき、わたしたちの前を自転車でふたり乗りしている学生カップルが通り過ぎた。
部活帰りだろうか、ふたりとも学生服を着ている。
楽しそうな会話に声を弾ませるカップルを一目見て、お互いのことが大好きなのだと伝わってきた。付き合いたてだろうか、どこか初々しさを感じる。
彼女が彼の腰に手をあて、横向きに座って自転車のうしろに乗っている。
彼は彼女が道の段差でお尻が痛くならないように優しく自転車を漕ぐ。
わたしには、そのカップルがきらきらと輝いて見えた。
ふと「わたしも悠と一緒にこの町で生まれてたら、あんな青春らしいことしてたのかな」などと、ありもしないことを呟いてしまっていた。
「ははは、何言ってんだよ。今からでもしようよ青春らしいこと」と言って、悠はそよ風のように笑っている。
「わたしなんかと、そんなことしてもつまんないって」
消極的な言葉を口にしたとき、悠が怪訝な顔をしたので、わたしは咄嗟に「お互いもう大人でしょって意味ね」と笑って誤魔化した。
それでも、もっと早くから彼とこの町で出会えていたらと、ついありもしない妄想をしてしまう。
悠と歩く田舎道は新鮮でとても楽しい。
ふたりで、コンビニでアイスを買って木陰で休んでいると、ホーホホケキョッとウグイスの鳴き声が聞こえた。
「あれ?ウグイスって春に鳴くものじゃないの?」と、わたしが首を傾げると、悠が「ねー、世の中ではそうなんだど、俺は昔から夏も鳴いてるなーって思ってたよ」とソーダのアイスをかじりながら言った。
「じゃあ、悠と一緒じゃん」
「なんで?」
「春に遅刻したから今鳴いてるんでしょ。それにウグイスって鳴き声はホーホケキョじゃないの?なによ、ホホケキョって。本当に悠みたいじゃん」
わたしはおかしくてお腹をおさえて笑った。
それを見た悠が「ホーホホケキョッ!ホーホホケキョッ!」と、となりで真似をしだす。
それが面白くてしばらく動けないほど笑った。
たわいもないことで、ふたりで笑いながら歩いていくうちに古い日本家屋の家が見えてきた。
そこが悠の実家だ。
今回わたしたちがK市に来た目的はまだあとふたつ残っている。
悠のお爺ちゃんの仏壇に線香をあげることと、今夜の花火大会を見ることだ。
わたしが先に仏壇で線香をあげようと言ったが、悠が「花火の場所取りが間に合わなくなるからあとにしよう」と提案した。
スマホで時間を確認するともう六時半。楽しい田舎道をつい満喫しすぎてしまった。
わたしは悠の部屋を借りてさっと浴衣に着替え、髪を巻いてセットしてから外に出た。
浴衣は淡い桃色で白い帯と花模様が可愛い、わたしのお気に入りの浴衣だ。
浴衣姿のわたしを見るなり「うおおおおお!晴、めっちゃ綺麗!浴衣、超似合ってる!晴らしい優しい雰囲気の浴衣だね、髪も巻いたんだ、いつも可愛いけど今日は特別最高に可愛い」と、興奮してべた褒めの悠。
予想通りの大絶賛。褒めてくれるのは嬉しいけど小っ恥ずかしいので、「はいはい。ありがとー」とあしらった。
「祭りの場所まで自転車で行こうぜ」と、悠が自転車を小屋から出す。
「あ、うん」
さっきの学生カップルを見てわたしが、ふと言葉にしてしまったことを悠は叶えようとしてくれているのだ。
「早く乗れよ晴」
悠が自転車にまたがってわたしを呼ぶ。
「うん」と返事をしてから、わたしは横向きに自転車のうしろに座って悠の腰に手をあてた。
「ねえ、悠」
「ん、なに?」
「わたしなんかのためにありがとね」
ぎゅっと悠の腰に手を回すと彼の背中からぬくもりを感じる。
「なぁ晴、そのわたしなんかってのやめなよ」
「わたしなんかだよ」
「意味わかんねー、そんなことねえよ、晴の素敵なところ今から語ろうか?三時間くらいかかるけど」
「いや、いいわ。バカ言ってないで早く祭りのとこ連れてってよ」
「はいはい」と言って悠が自転車を漕ぎ出す。
しばらく川沿いの堤防を自転車で駆ける。わたしには勿体無いくらいの幸せだ。
そして、悠はやっぱりわたしが道の段差で痛くならないように優しく自転車を漕いでくれるのだった。
花火大会は川の堤防沿いで開催される。
堤防には屋台が何個も出ていて、お祭りで人が賑わっている。
自転車を駐輪場に止めると、わたしたちは人混みの中、屋台に並んだ。
なんとか焼きそばと唐揚げを買って、堤防の隅っこでふたりでわけて食べた。
そのあとは、かき氷、りんご飴、ラムネも買った。
飲み干したラムネの瓶のビー玉が取れなくて、わたしが苦戦していると、悠が「いつまでやってんだよ」とりんご飴を食べながら笑う。
ふと空を見ると太陽がほぼ西の空に沈んで、空が青紫色になっていた。
「もうすぐ花火が始まるね」
「おー、もうそんな時間じゃん、早く場所取りしようか」
辺りを見回すとどこもかしこも人だらけだったが、河原の一角にふたりで座れそうな場所を見つけたのでそこを陣取った。
「わたしさ、花火って大好きなんだ」
わたしは幼い頃に家族で行ったお祭りで、夜空いっぱいに咲いた花火に感動した記憶を思い出した。
「へー、空に火薬爆発させてるだけなんだけどな」
悠は悪気はないのだろうが、たまにわたしの地雷を踏む。
なんだか素敵な思い出をバカにされた気分になり、「悠ってさ、たまにつまんないこと言うよねバーカ」と言い返した。
「はぁ?バカじゃねえしっ」
「だってバカじゃん。木の板にタイヤつけてそれに乗ってジャンプして遊んで、それのなにが楽しいの」と、わたしは悠の大好きなスケボーに皮肉を効かせる。
「あ、スケボーバカにしたなっ」
「花火のお返しだよっ」と、わたしはべーっと舌を出した。
「ちがう。スケボーには乗ればわかる楽しさがあるんだよ」
「花火だって夏を感じる良さがあるの!ノスタルジーだってあるの!エモくていいじゃん!悠って本当センスない」
ひとしきり言い合ったら、ふたりで声をあげて笑った。
「楽しいね晴」
「うん」
そのとき、頭の上から爆ぜる音が降ってきて、見上げると綺麗な花火が夜空に咲いていた。
わたしたちはさっきまで言い合っていたのに、自然とお互いに肩を寄り添わせ花火を見ている。
「晴、わたしなんかって思わなくていいからな」と、悠が花火を見ながら呟いた。
「わたしなんか、だよ。だって、いつもみんなにわたしの事情で気を遣わせてるんだよ」
「晴は優しいから周りの人のことを考えたり、人の目が気になってつらい思いをしてきたことを俺は知ってる。でも、それは晴が悪いわけじゃないだろ、保育園のみんなだって晴の事情をわかってくれてるじゃん」
「うん、でも…、そう思ってしまうんだよ。それでわたしはつらくなっちゃうんだよ。周りのいろんな人の目が気になるの。面倒くさいやつって思われてないかとか。みんなの足でまといじゃないかとか。自分は心の底からいやな女だなって思うときもあるの」
わたしは涙がこぼれそうなのを我慢して、なんとか悠に伝えた。
すると「いっぱいつらい思いして頑張ってる俺の彼女は、わたしなんかじゃない。晴は誰より認められるべきなんだ。自分を卑下しなくていい」と、悠がきっぱりと言った。
そして真剣な眼差しでわたしを見つめて悠は言葉をつづける。
「誰がなんと言っても俺は晴のことをいつも頑張ってるって認めてる。晴はすごい。晴のつらい思いは俺と楽しいことして必ず上書きしてくから。来年もその先もずっと一緒に花火見に行こうな。晴、だいすきだよ」
「うん」
わたしは涙が目からこぼれて嗚咽しながら応える。
ごめん、悠。
わたしはこんなにも幸せになるべきではない。
いつか悠を苦しめる結果になる。
でも今は悠と一緒にいたい。
だから、ごめん。
その日、いちばん大きい花火が夜空に咲いたとき、わたしたちは唇を重ねた。
わたしは、きっとまたわたしなんかと思ってしまうこともあるだろう。
でも、こんなわたしにもだいすきだと、まっすぐな思いを全力で向けて、わたしを大切にしてくれる悠がいるんだ。
胸が熱くなってしばらく涙が止まらなかった。