一週間が経った水曜日の夕方、午後五時半過ぎ。

 カランカラン。
『深森食堂』の扉につけられたドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」
『深森食堂』と書かれた従業員用の赤いエプロンをつけ、テーブルを拭いていた私は顔を上げた。

 来客を確認して、そのまま固まる。
 店に入ってきたのは漣里くんだった。

「あ!」
 私は目と口を丸くした。

「あ、って何。来たらまずかった?」
 英語のロゴが入った黒のシャツ。
 ジーパンというラフなスタイルの漣里くんは、睨むように私を見た。
 眼力があるから睨んでるように見えるだけで、本当は怒ってない、はず。

「ううん、ううん、全然! いまちょうどお客さんが少なくて暇だし、漣里くんが来ないかなって思ってたから、びっくりした! 凄いタイミング! テレパシーが通じたのかも!」
 両手を合わせて笑う私を、漣里くんは無言で見た。

 どうやら呆れられてるみたいだ。
 年下の男の子に。これはちょっと恥ずかしい。

「……すみません、テンション上げすぎました。いらっしゃいませですお客様」
 私はかしこまって頭を下げた。

「……別にいいけど」
 漣里くんは『別に』というのが口癖のようだ。

「先輩は表情がころころ変わって面白い」
「え」
 呆れられたかと思えば、突然褒められてしまった。

 にこやかに笑ってそう言ってくれたら、私もときめいたりできるんだけど。
 仏頂面でそう言われると反応に困る。

 いや、そもそも面白いっていうのは褒め言葉なの?
 ありがとうっていう返答はおかしいよね?

「……えーと。とりあえず、こっちに来て。座って」
 結局、私はスルーを決め込むことにして、漣里くんをテーブルに案内した。
 テーブルの端に置いてあるメニュー表を手に取り、差し出す。

「漣里くんに助けてもらったことは親も知ってるから。もし漣里くんが来たらご馳走するって決まってたの。だから値段は気にせず、何でも好きなの頼んで……って、あれ? どうしたの、その手」
 メニュー表を受け取った漣里くんの手。

 左手の人差し指に、切ったような傷があった。
 まだ新しい傷だ。

「ああ。昼食を作ってたときに、油で滑って。切っただけ」
 漣里くんは傷を隠すように、メニュー表の後ろに指を隠した。

「『だけ』じゃないよ。結構酷い怪我じゃない。ちゃんと消毒したの?」
「いや、この程度の怪我なら放置しても治るだろ」

 小さな怪我なんてどうでも良い。
 そんな彼の態度に、私はムッとした。

「ご飯の前に、怪我の手当てが先だね」