「そんなに驚いてくれて嬉しい。俺たちが頑張った甲斐があった」
 漣里くんは私の反応が楽しいらしく笑っている。

「そりゃ驚くよ!? あんなの見て驚かずにいられる!?」
 一人だけ余裕たっぷりな態度が悔しくて、私は半泣きで訴えた。

「本格的すぎない!? 特に最後の、あれ! どうなってるの!? ナイフ! 刺さってたんだけど!!」
「あれはおもちゃのナイフ。突き刺したら刃が引っ込むおもちゃ、知らない?」
「そんなおもちゃあるの!? じゃあ、あの、いかにも本物っぽい血は!?」
「はちみつと食紅を混ぜて作った血のり。首元の痕は女子が適当に、化粧道具で何かやってた」
「……い、生きてるよね? あの人」
「当たり前だろ」
 私の怯えっぷりがよほど面白いらしく、種明かしをしている漣里くんの口元からは笑みが消えない。

「前に、俺白目剥けるって自慢してたから、じゃあ幸太郎がラストで死体役になれって、全員一致で決まった。真白が俺にしがみついてるとき、あいつこっそり親指立ててきたよ」
「そ、そうなんだ……?」
 生きていたのなら良いけど。
 いや、生きてなきゃ大問題だけど。

 でも、本当に死体になりきってたんだよあの人!!

「さすがにずっと白目剥いてるのは辛いだろうし、適当で良いよって皆、言ったけど。俺と真白が来るから頑張ってくれたんじゃないか」

「……うん。本当に怖かったですって、幸太郎くんに伝えといて」
 微笑むと、漣里くんはわずかに首を傾げた。
 これまで怯え切っていたのに、急に私が笑ったのが不思議だったのだろう。

「ううん。あの死体役の男子は、幸太郎くんっていうんだなって。下の名前で呼ぶほど親しい友達が、相川くん以外にもいるんだなって、ちょっと感動しちゃった」
 漣里くんは少し困ったような顔をした。

「……本当、真白はたまに俺の保護者みたいなこと言うよな」
「ええ。そりゃあ、屋上で一人寂しく読書してた姿も見てますから」
 背後で手を組み、意地悪く笑って見せる。
 漣里くんは分が悪いと見たのか、目を逸らした。

「もうそんなことない……」
「うん。それは何より」
 私は笑いながら頷いた。
 漣里くんがいま、幸せそうで、何よりだ。

「じゃあ、もうこれ以上ないってくらいに楽しませてもらったことだし、私、いったん教室に戻るね」
 そろそろ一時間のタイムリミットだ。

「この服、五十鈴に渡さなきゃ。すぐ戻るから、次どこに行きたいか考えといてね」
「どこでも」
 漣里くんは即答し、唇の両端を上げた。

「真白が一緒なら、どこでもいい」
「…………」
 その笑顔と言葉は、私の胸を強く打った。

「私も」
 気づけば私も笑っていた。

「漣里くんがいるならどこでもいいや」
 だって、漣里くんがいるだけで、私は幸せなんだもの。