翌日の午後、二時半過ぎ。
 私は成瀬家のリビングで歓談に興じていた。
 この場にいるのは漣里くんと葵先輩、それと私の三人だけ。

 漣里くんのお母さんは気を遣ってくれたらしく、ついさっき買い物に出て行き、お父さんは仕事中だ。

「漣里が真白ちゃんを担いで来たときは本当に驚いたけど、まさかこんな未来になるとは思ってもみなかったよ。学校で一番有名なカップルになったよね。昼食は仲良く一緒に食べてるって、僕の耳にも届いてるよ」
 ブラックのコーヒーを片手に、葵先輩は微笑んだ。

「野田の件も含めて、真白ちゃんには本当にお世話になったね、ありがとう」
「いえいえ、そんな。私は何もしてませんよ。解決してくださったのは葵先輩じゃないですか」
 急いで手を振る。

「小金井くんもすっかり葵先輩の虜ですよ。一体どんな話をされたんだろうって、凄く気になってました」
「大した話はしてないよ。大変だったねって慰めて、具体的に野田たちにどんなことをされたのか聞いただけ。ちなみにその後、野田たちとも話したよ」
「……どんな話をされたんですか?」
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ、真白ちゃん」
 葵先輩はニッコリ笑った。
 笑顔が!! 笑顔が怖い!!

「はい……聞かないでおきます……」
「賢明な判断だ。とにかくこの先、あいつらが漣里に関わることは二度とないよ」
 何故か自信たっぷりに断言して、葵先輩は漣里くんに目を向けた。

「小金井くんは野田のご両親から謝罪の言葉と、慰謝料を含めた相応のお金を受け取ったみたいだけど。漣里が受け取ったのは怪我の治療費だけ。ほんと、我が弟ながらお人よしすぎて困る。腫れた漣里の顔を思い出すと、いまでもぞっとする。あのとき僕は冷静を装ってたけど、物凄く我慢してたんだよ? 自制しないと野田たちに何をするか自分でもわからなかったからね」
「……迷惑かけてごめん」
 苦い顔をしている葵先輩に、漣里くんは軽く頭を下げた。

「色々、ありがとう」
 もしかしたら、漣里くんが葵先輩にはっきりとお礼を言ったのは初めてだったのかもしれない。

 葵先輩は意表を突かれたような顔で漣里くんを見つめ――やがて、苦笑した。

「まあ、蒸し返しても仕方ないしね。珍しく殊勝な漣里が見れたから許してあげる。でも、次に何かあったらちゃんと相談するんだよ?」
「ああ」
「よろしい」
 頷いた漣里くんに、葵先輩が頷き返す。

「ふふ」
 微笑ましいやり取りに、自然と笑みが零れてしまう。

「そうだ」
 ふと思い出したように漣里くんが立ちあがった。

「真白、ちょっと来て。渡したいものがあるんだ」
「ああ、例のあれか」
 葵先輩が呟いた。何か知っているらしい。

「? うん」
 私は漣里くんの後に従って階段を上り、彼の部屋へ行った。