漣里くんのクラスメイトだけじゃなく、全校生徒が見る目を変えた。
 もはや漣里くんの悪評を信じるものなど誰もいない。
 そして、葵先輩との話し合いを終えた小金井くんは己の言動を改めるようになった。

「僕は井の中の蛙だった。これまで僕は僕に劣る他人を見下していたが、あの人に会って、本当の愚か者は自分だと思い知らされたよ。成瀬先輩は学力も僕以上に優れ、さらに素晴らしい人間性まで兼ね備えた傑物だ。人生で初めて心から尊敬できる人間に出会えた。僕は彼に出会えたことを幸運に、そして誇りに思う。時海に入って良かった……」

 一体どんな魔法を使ったというのか、葵先輩はたった一度話しただけで小金井くんを魅了し、その高飛車な人格をも変えてしまった。

 おかげで小金井くんに対するクラスの皆の冷たい態度は緩和されつつある。
 以前の彼が彼だっただけに、完全に受け入れられるのはもう少し時間がかかりそうだけど。
 でも、昨日の放課後は私たちと一緒にUNOをしたし、そう遠くない未来にクラスに溶け込めるようになるんじゃないかな。

「葵先輩は本当に凄い人だよねぇ……」
 お弁当を食べ終え、水筒のお茶を飲みながら、私はしみじみと呟いた。

「なに、いきなり」
 これまでの話題とは全く違うことを呟いた私に、漣里くんが小さく首を傾げた。

「だって、いまの平和は葵先輩が作ってくれたようなものでしょう? 何かできることがあれば手伝おう、なんて思ってたけど、私の出る幕なんてなかったよ」
 水筒の蓋を閉めて苦笑する。

「結局、私は何もできなかったなぁって、ちょっと悔しいな。他でもない、漣里くんのことなのに」

 俯いて、足元に目を落とす。
 小さな虫がぽつぽつと雑草の生えた地面を這っていた。

「……それ、本気で言ってるのか?」
 その声に顔をあげれば、何故か漣里くんは呆れたように私を見ていた。

「……だって、事実じゃない」
「全然違う。大間違いだ」
 漣里くんは真顔で言って、膝に置いていた私の手を取った。

 細くて長い指が私の手に絡まる。
 彼の手から温もりが伝わってきて、胸がとくん、と鳴った。