それから、一週間が経った。
 金曜日。

 時計とにらめっこしながら、まだかまだかと昼休憩の訪れを待っていた私は、先生が去ってすぐに立ち上がった。

 お弁当が入った小さな袋を左手に下げ、軽やかな足取りで一年棟へ。
 昼休憩の度にこの道を通るのがすっかり日課になっているから、もう緊張なんて感じない。

 階段を上って、一年三組の教室の扉から、控えめに顔を覗かせる。
 でも、今日は「漣里くん呼んでもらえますか」とは言わずに済んだ。

 私の姿に気づいた男子生徒が、声をかけるより先に漣里くんを呼んだのだ。

「おい成瀬ー、嫁が来てるぞ」
 えええええ!!?
 嫁という単語に、大いに焦り、赤面する。
 そんな私を見て、クラスメイトたちがにやにやしている。

 恥ずかしさのあまり、私は身を縮めた。

「嫁じゃない」
 私が来ることを見越してだろう、お弁当袋を机に用意してた漣里くんは静かに否定した。
 お弁当袋片手に立ちながら、真顔で付け足す。

「まだ」
 まだっ!!!??

「まだってことは、将来的には結婚するつもりなわけ?」
 男子生徒が軽い口調でからかう。

「わからないけど、最有力候補」
「うん、参った。俺が悪かった。思う存分愛を育《はぐく》んできてくれ……」
 冗談は通用しないと悟ったらしく、男子生徒は手を振った。

 漣里くんがやってきて、不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだ?」
 ど、どうしたって……。
 私は真っ赤になったまま、小さな声で「な、なんでもないです……」と答えるだけで精いっぱいだった。



 中庭にある木陰の花壇に座り、漣里くんと談笑しながらお弁当を食べる。
 話題は文化祭準備の進捗状況、最近有名なスイーツのお店などなど、話していて楽しくなるものばかり。

 漣里くんの顔からはガーゼも絆創膏も取り払われ、痣もすっかり消えていた。

 ……平和だ。
 私は漣里くんの隣で、幸せをひしひしと感じていた。

 あの事件が起きた直後、職員室には生徒たちが押しかけたそうだ。

 彼らは口々に野田たちの悪行を告発した。

 先生たちは野田が葵先輩に殴りかかろうとした現場を目撃しているし、いくら彼らの血縁に権力者がいようと、もはや関係なかった。

 事実確認の結果、野田たちは一週間の登校謹慎処分を受けた。

 この一件により野田たちは元々悪かった評判を最低まで落とし、逆に、漣里くんは株を爆上げした。

 漣里くんは事件の翌朝、教室に入るや否やクラスメイトたちから同情され、やり返さなかったことを讃えられ、同時に、いままで無視したり、酷いことを言ったりして悪かった、とも謝られたらしい。