「やだなあ漣里、お兄ちゃんをお前呼ばわりした挙句、胸倉を掴むなんて。僕はそんな野蛮な子に育てた覚えはないよ?」
 葵先輩は微笑んだままデコピンして、漣里くんを一歩下がらせた。

「ごめんね、皆。弟はこの通り恥ずかしがり屋で、大げさに守られるのが嫌みたいだから、影でこっそり護衛してあげてくれるかな?」
「いらないって言ってるだろ……」
 漣里くんは額を押さえ、恨みがましい目で兄を睨んだ。

「でも野田たちが」
「だったら俺じゃなくて野田を監視すればいいだろ!」
 漣里くんが怒った!

「あ、そうか。その手があったか。漣里、賢いね」
 いけしゃあしゃあと驚き顔をしてみせる葵先輩に、漣里くんは重く深いため息をついた。

「というわけで、皆、ごめん。作戦変更だ。弟の護衛じゃなくて、野田の監視のほうに回ってもらえるかな?」
『はい!』
 訓練された兵士のように、鉢巻軍団は葵先輩という名の総司令官に対し、一斉に敬礼。

 そして、話し合いながらぞろぞろと校門の中へと入っていく……

 その様子を見ながら、私は思った。
 葵先輩って、アイドルとか王子様とか言われてるけど、実は時海の真の支配者なんじゃ……?

「朝からとっても面白いものが見れたなぁ」
 葵先輩の晴れ晴れとした笑顔に、傍観していた大勢のギャラリーたちがときめいたらしく、ざわついた。

「ああ、楽しかっただろうな」
 思い切り皮肉を乗せた声で、漣里くん。

「ごめんごめん。こんなに味方がいるんだよってことを知ってほしくて、つい」
「いや、絶対楽しんでただろ。真白も笑ってたし」
「えっ、そんなことは」
 拗ねたような目で見つめられ、私は慌てて手を振った。

 ……すみません、白状すると楽しんでました。
 だって孤立しがちで、いつもほぼ無表情の漣里くんが大勢の人に絡まれて、感情をむき出しにしてるんだよ?

 漫才みたいなやり取りもしてたし、その全てが面白すぎて、私は笑いそうになるのを必死で我慢してました。

「まあまあ。もうしないって約束するから、許してよ」
 葵先輩の言葉に答えることなく、漣里くんは不機嫌そうにそっぽ向いた。
 葵先輩は苦笑してから、私を見た。

「小金井くんに、昼休憩になったら家庭科室に来てって伝えておいてくれる? 今日の放課後、事件の関係者とその保護者を集めて面談が行われる予定なんだけど。その前に直接話を聞きたいんだ」
 漣里くんが身体を張って『怪我』という暴行の証拠を作ったおかげで、ついに先生たちも動き出したらしい。

「わかりました。伝えておきます」
 私は表情を引き締め、頷いた。