「あ、あの、漣里くん? 怒ってる?」
「ちょっと」
 漣里くんは即答してきた。
 ……あ、これはちょっとどころじゃなく、だいぶ怒ってる。
 空気がぴりぴりしてるもの。

「ご、ごめん。本当に他意はなくて、ただのアドバイスのつもりだったの。小金井くんはいつも偉そうで、人を見下したような態度だから、改善したほうが良いんじゃないかなって……でも、私が好きなのは漣里くんだけだから! それは間違いないから! 他の人なんて眼中にないもの!」
「本当に?」
 漣里くんはぴたっと立ち止まり、拗ねたような顔で念押ししてきた。

「うん。当たり前でしょう?」
「……じゃあ許すけど、あんまり他の男《やつ》を勘違いさせるようなこと言わないで」
 漣里くんの手が離れた。
「ご、ごめん……」
 気まずい雰囲気の中、歩き出す。

 許す、と言ったのに、漣里くんは私を見ようとはしない。
 ああ、せっかく小金井くんが謝ってくれて、良い雰囲気だったのに……。

「あの、さっき小金井くんが頭を下げたとき、よく驚かなかったね。あんなことするような人じゃないって思ってたから、私、びっくりしちゃった」

 私はどうにか彼の怒りを解くべく、焦りながら言った。

「ああ……」
 漣里くんはそれだけ言って、背後を振り返った。
 廊下にはまだ小金井くんが立っている。
 この話は本人に聞かれると都合が悪いと判断したらしく、漣里くんは私を渡り廊下の端っこへと連れて行き、小声で教えてくれた。

「四月に俺があいつを助けたときのことなんだけど」
「うん」
 漣里くんにつられて、私も小声で相槌を打った。

「助けた後、あいつ、号泣しながら鼻水垂らして俺に礼を言ったんだ」
「へ」
 ぽかんとしてしまう。

 ……号泣しながら鼻水を垂らした?
 あの、小金井くんが?

 ……脳がその光景を想像することを拒否し、軽い眩暈すら覚えた。

「だから屋上で話したとき、偉そうなあいつを見て、あまりのギャップに俺、ちょっと笑いそうになってた」
 え、笑いそうになってたの?
 漣里くんはあくまで無表情なので、本気なのか冗談なのかとてもわかりにくい。

 ああ、でも――だから、漣里くんはあのとき『小金井はひねくれてるだけで、根はそんなに悪い奴じゃないと思う』なんて庇う発言をしたんだ。

 この学校で、きっとただ一人、漣里くんだけが小金井くんの素顔を知っていたから。
 酷い悪評にも耐えて、彼を庇い続けていたんだね。

「……そっか」
 ようやくこれまでの漣里くんの行動、その全てに納得することができた。
「でも、これは内緒な」
「……小金井くんの名誉のために?」
 どこか悪戯っぽい眼差しで言ってきた漣里くんに、私は笑った。

「ああ。あいつの名誉のために」
 漣里くんが小さく顎を引く。

「わかった。それじゃあ、内緒にするね。私たちだけの秘密ってことで」
 言われなくてもそのつもりだったけれど、私は唇に人差し指を当て、漣里くんと笑い合った。