「漣里くんは立派だったよ! 本当に格好良いよ! やろうと思えばやり返せたのに、それを我慢したんだもん、偉いよ! 恥ずかしいとか、情けないとか、そんなこと言う人がいたら私が怒る! 怒鳴りつけてやるから!」
「ああ。それでいい。そのほうが嬉しい」
 漣里くんは私を優しく抱きしめた。

「後悔なんてしないで、真白はただ肯定してくれたらいいんだ。わかったらもう泣くな。言っただろ、真白が泣くのは一番辛い。それに比べたら殴られたことなんて痛くもなんともないんだ、本当に」
 漣里くんの手が、私の頭を撫でる。
 続いて、ぽんぽん、と背中を軽く叩かれた。

 不器用なその慰め方が酷く彼らしくて、私はつい笑ってしまった。

「やっと笑った」
 その微かな笑い声が耳に届いたらしく、漣里くんは少しだけ弾んだ声でそう言って、身体を離した。
 私はガーゼに覆われ、絆創膏が貼られたその顔を、真正面から見つめた。
 いま私がすべきことは、現状から目を逸らし、漣里くんの身に起きた悲劇を嘆くことなんかじゃない。

 こんなに酷い怪我を負わされても我慢したんだね、頑張ったねって、彼女として彼を支え、肯定することなんだ。
 悟ったとたんに、胸を塞いでいた大きな塊が溶け、消えていった。

 やっと落ち着いて呼吸ができるようになった気がする。
 まっすぐな私の目を見返して、漣里くんは微かに笑った。
 そう、それでいい、とでもいうように。

「そうだ、真白。やって、おまじない」
「おまじない……あ」
 すぐに思い当たった。
 漣里くんが指を怪我したときに行った、痛いの痛いのとんでいけ、だ。

 私はリクエストに応えるべく、漣里くんの頬を両手で包んだ。
 ふと思いつき、言ってみる。

「ちょっと屈んで」
「?」
 漣里くんは不思議そうな顔をしながらも、私の指示通りに、上体を屈めた。

 私は逆に背を伸ばし、彼の額に自分の額をくっつけた。
 湿布の匂いと、微かに消毒液の匂いがする。

 くっつけあった額からじんわりと彼の温もりが広がっていく。
 漣里くんがびっくりしているのを見ながら、目を閉じ、唱える。

「痛いの、痛いの、とんでいけ」

 どうかこの呪文に、効果がありますように。
 一秒でも早く、怪我が治りますように――。

 私は心から祈りながら、ゆっくり唱えた。
 目を開けると、漣里くんは顔を赤くしていた。

 互いの吐息がかかるような超至近距離と、額をくっつけ合っているこの状況に、感情をあまり表に出さない彼が目に見えて動揺しているのがわかって――私が彼を動揺させた事実がなんだかとても嬉しくて、額をくっつけたまま言う。

「ねえ、漣里くん。野田たちに言った言葉、私、凄く嬉しかったよ」

 ――俺は真白と一生、手を繋いで生きていきたい。

 私も同じ気持ちだったから、凄く嬉しかったんだよ。

「ずっと一緒にいられたらいいね」
 微笑むと、急に漣里くんの顔が近づいてきて。
 唇と唇が重なった。

「……!!」
 今度は私がびっくりして硬直した。
 でも、キスしていた時間は多分、一秒にも満たなかった。
 まるでただの事故だったかのように、漣里くんはすぐに唇を離した。

「……え。もう終わり?」
 重なり合った唇の感触をはっきりと感じる余裕も、余韻に浸る暇もない、あまりにも短すぎるキスに、ついぽろっと本音が出てしまった。
 私の発言にこそ漣里くんは驚いたようで、「えっ?」と、なんとも間の抜けた反応をしてきた。

「もうって……」
 漣里くんは困ったように視線を逸らした。
 どうやら照れ屋の漣里くんにはいまのキスだけで精一杯らしい。
 ああでも、真っ赤になってる漣里くん、滅茶苦茶可愛い。
 愛おしさがこみ上げ、胸いっぱいに広がる。

「アンコールしてもいい?」
 照れている彼が可愛すぎて、つい大胆なことを言ってしまう。
「……ま、また今度で」
 漣里くんは私の視線から逃げるようにそっぽ向いた。
 まだ顔が真っ赤だ。耳まで染まってる。
 くうう、可愛いっ!
 きゅーんっと心臓が縮む。

「じゃあ、怪我が全部治ったら、お祝いにもう一回しようね」
 私はにっこり笑いながら提案した。
「……。真白ってそんなに大胆な奴だったっけ……?」
 漣里くんは狐につままれたような顔。

「漣里くんが可愛すぎてつい」
「可愛いっていうのは褒め言葉じゃない……」
 憮然としている彼が可愛くて、愛しすぎて――ああ、大好きだなぁと、私は満ち足りて笑った。