私は全力で駆けた。
びっくりした顔で見てくる通りすがりの生徒たちの横を抜け、階段を下り、上履きのまま外へ出て、一直線に講堂の裏手へ向かう。
講堂の中には生徒がいるらしく、複数の声が聞こえた。
文化祭では講堂で演劇とダンスを行うはずだ。
どこかのクラスか、もしくは正式な部活動員がリハーサル練習でもしてるのかもしれない。
騒がしい講堂の横を通り過ぎ、角を曲がって裏手へ到着する。
ここはコンクリートの壁とフェンスに囲まれた、狭く、見通しの悪い場所。
校舎からもそれなりの距離があるため、誰かが偶然ここを訪れる可能性は皆無に等しい。
講堂に用があろうとも、わざわざ裏手まで回って来る生徒なんていようはずもない。
そこで私が見たのは、体格のいい野田くんに胸倉をつかみあげられている漣里くんの姿だった。
近くには加藤くんと上杉くんもいて、にやにや笑っている。
荒々しい足音を立てて乱入した私に気づいたらしく、漣里くんの目が動いて私を捉えた。
予期せぬ登場だったのか、その目が軽く見開かれる。
彼が私に気を取られたその瞬間、野田くん――いや、野田は右手を振り上げ、固く握りしめられた拳で漣里くんを殴った。
耳を塞ぎたくなるような鈍い音が響いて、漣里くんが吹っ飛び、地面にしりもちをついた。
「漣里くん!!」
悲鳴をあげて駆け寄り、彼の肩に手を回す。
これまでも何度か殴られていたのか、よく見れば右頬が腫れていて、口の端には血が滲んでいた。
左の目の下には痣がある。
なんて酷いことを……!
あまりの事態に思考が混乱し、恐怖と困惑で視界が滲んだ。
「大丈夫? どうして、なんでこんな……何してるのよ!?」
私は漣里くんを横から抱きしめるようにして、野田たちを睨め上げた。
漣里くんは酷い有様だけど、野田も、他の二人も無傷。
ということは、漣里くんはやり返したりはせず、一方的に暴行を受け続けていたのか。
「ああ? お前には関係ねえだろ、すっこんでろ」
「野田さん、こいつ、成瀬の彼女ですよ。何度か一緒にいるとこ見たことありますもん」
加藤が言った。
「あーそーか。なるほど、そういうわけか。彼氏のために参上したってか。普通は立場が逆だろー、成瀬。ボコられたなさけねーツラ晒して、恥ずかしくないわけ?」
野田はせせら笑い、人差し指をくいくい、と自分のほうに二度折り曲げた。
「以前の威勢はどうしたよ? 俺らが路地裏で小金井をボコってたときは正義の味方気取りで乱入した挙句、殴りかかって来ただろうが。おら、かかってこいよ。愛しの彼女に格好良いとこ見せたらどうだ?」
「嫌だ」
舐め切った目つきとともに挑発されても、漣里くんは揺るがなかった。
血で汚れた唇を手の甲で拭い、立ち上がって、静かな目で野田を見返した。
「お前らを叩きのめすのは簡単だ。でも、俺はもう誰にも暴力を振るわないって、真白と約束した」
その言葉に、私は茫然とした。
……私との約束を守るために、反撃しなかったの?
こんな――ぼろぼろになっても、ずっと耐え続けてたの?
漣里くんは野田の目を見据えたまま、私の手を握ってきた。
びっくりした顔で見てくる通りすがりの生徒たちの横を抜け、階段を下り、上履きのまま外へ出て、一直線に講堂の裏手へ向かう。
講堂の中には生徒がいるらしく、複数の声が聞こえた。
文化祭では講堂で演劇とダンスを行うはずだ。
どこかのクラスか、もしくは正式な部活動員がリハーサル練習でもしてるのかもしれない。
騒がしい講堂の横を通り過ぎ、角を曲がって裏手へ到着する。
ここはコンクリートの壁とフェンスに囲まれた、狭く、見通しの悪い場所。
校舎からもそれなりの距離があるため、誰かが偶然ここを訪れる可能性は皆無に等しい。
講堂に用があろうとも、わざわざ裏手まで回って来る生徒なんていようはずもない。
そこで私が見たのは、体格のいい野田くんに胸倉をつかみあげられている漣里くんの姿だった。
近くには加藤くんと上杉くんもいて、にやにや笑っている。
荒々しい足音を立てて乱入した私に気づいたらしく、漣里くんの目が動いて私を捉えた。
予期せぬ登場だったのか、その目が軽く見開かれる。
彼が私に気を取られたその瞬間、野田くん――いや、野田は右手を振り上げ、固く握りしめられた拳で漣里くんを殴った。
耳を塞ぎたくなるような鈍い音が響いて、漣里くんが吹っ飛び、地面にしりもちをついた。
「漣里くん!!」
悲鳴をあげて駆け寄り、彼の肩に手を回す。
これまでも何度か殴られていたのか、よく見れば右頬が腫れていて、口の端には血が滲んでいた。
左の目の下には痣がある。
なんて酷いことを……!
あまりの事態に思考が混乱し、恐怖と困惑で視界が滲んだ。
「大丈夫? どうして、なんでこんな……何してるのよ!?」
私は漣里くんを横から抱きしめるようにして、野田たちを睨め上げた。
漣里くんは酷い有様だけど、野田も、他の二人も無傷。
ということは、漣里くんはやり返したりはせず、一方的に暴行を受け続けていたのか。
「ああ? お前には関係ねえだろ、すっこんでろ」
「野田さん、こいつ、成瀬の彼女ですよ。何度か一緒にいるとこ見たことありますもん」
加藤が言った。
「あーそーか。なるほど、そういうわけか。彼氏のために参上したってか。普通は立場が逆だろー、成瀬。ボコられたなさけねーツラ晒して、恥ずかしくないわけ?」
野田はせせら笑い、人差し指をくいくい、と自分のほうに二度折り曲げた。
「以前の威勢はどうしたよ? 俺らが路地裏で小金井をボコってたときは正義の味方気取りで乱入した挙句、殴りかかって来ただろうが。おら、かかってこいよ。愛しの彼女に格好良いとこ見せたらどうだ?」
「嫌だ」
舐め切った目つきとともに挑発されても、漣里くんは揺るがなかった。
血で汚れた唇を手の甲で拭い、立ち上がって、静かな目で野田を見返した。
「お前らを叩きのめすのは簡単だ。でも、俺はもう誰にも暴力を振るわないって、真白と約束した」
その言葉に、私は茫然とした。
……私との約束を守るために、反撃しなかったの?
こんな――ぼろぼろになっても、ずっと耐え続けてたの?
漣里くんは野田の目を見据えたまま、私の手を握ってきた。