「あなたは確かに優秀だと思う。この前のテストも五十鈴に次いで学年二位だったもんね。その努力は素直に凄いと思うよ。尊敬する」
「当然だろう」
 小金井くんは得意げに笑ったけれど、私は笑い返したりはしなかった。

 ただ、思いのままを何の感情も挟まず告げた。

「あなたはとても優秀だけど、とても可哀想な人。自分の立場を悪くしてでもあなたを庇った漣里くんの思いがわからないなら、人の心がわからないなら、あなたの傍にはきっと誰もいられない」




 少し言い過ぎただろうか。
 時間の経過と共に冷静さを取り戻した私は、悶々とした気持ちを抱えながら昇降口を出た。

 昇降口から校門までは少々距離がある。
 その間を歩く生徒たちは、不良と名高い漣里くんはもちろん、その隣を歩く私にも、多少の好奇を含んだ視線を注いでいる。
 でもいまの私は、その人たちの視線も、ひそひそと囁き合う声も、構う余裕がない。

「……小金井は何か色々言ってたけど、ひねくれてるだけで、根はそんなに悪い奴じゃないと思うから」
 沈黙の果てに聞こえてきた声に、私は唖然とした。

 漣里くんは微妙に気まずそうな顔をしている。
 あれだけ言われたのに、漣里くんは小金井くんを庇うんだ。

 私が知らないだけで、何か庇うに足る理由があるの?

 いや、それでも……。

「……漣里くんは人が良すぎるよ」
 私は唇を尖らせた。
 私だってちょっとは言い過ぎたかもしれないけど、でも、彼氏を悪く言われて怒るな、なんて無理な話だ。

「なんであれだけ言われて怒らないの。クラスメイトにも邪魔だとか言われたんでしょ。ちゃんと怒ったの?」
「……いや」
 漣里くんは逃げるように目を逸らした。

「もー! 自分のことなのになんでそんなに他人事なの? 漣里くんはもっと自分の感情を表に出すべきだよ。ずーっと庇ってた相手にあんなこと言われて悔しくないの? 私は怒鳴りつけてやりたかったよ! クラスメイトに邪魔だって言われたときだって、もし私がそこにいたらきっと怒ってたよ」
「……。怒るとか、面倒くさくて」
 一拍の無言を挟んで、漣里くんは言った。酷く、平坦な口調で。

「空気読んで笑ったりとか。周りの意見に合わせて、自分の意見を殺したりとか。面倒くさいんだ。社会に出たならともかく、学生でいる間は学校を卒業するまで、いや、もっと短い奴はクラスが替わるまでの付き合いだろ。中学ではそれなりに付き合ってた奴だって、クラスが違ったいまはもうろくに話さないただの他人だ」
 夕闇が下りて、辺りは薄暗い。

「小学生の時から、もっと協調性を大事にしろって通信簿にも書かれてたけど。協調性って、そんなに大事なものかな。人付き合いなんてただ煩わしいだけじゃないか」
 空には紺色とオレンジ色のグラデーションがかかっている。