「うん。だから先生方も、漣里に処分は下さなかった。漣里や事情を知ってる僕が誤解を解かなかったのは、いじめられてた生徒の立場を思ってのことだよ。誰だって、いじめられてた事実を言いふらされたくはないでしょう?」
「それはそうかもしれませんが……でも、事実を言わないと、漣里くんが不良だと誤解されたままですよ?」
「別にいい。俺は周りが何を言おうと気にしないし、どうでもいいから。先輩もいまの話は誰にも言わないでくれ」
 漣里くんはじっと私を見つめた。

「……うん、わかった。誰にも言わない。約束する」
 漣里くんが暴力男とか、不良とか好き勝手に言われてるのは悔しいけど。
 本人が誤解を解くことを望んでない以上、私が行動するのは余計なお世話だ。

「ありがとう」
 漣里くんは止めていた手を動かし、再びアイスを食べ始めた。
 少しの沈黙。
 クーラーから出ている風が、漣里くんの髪を少しだけ揺らしている。
 
「……でも。いじめられてた人をずっと庇い続けてるなんて、漣里くんはやっぱり、優しい人だね。思ったとおりの人だった」
 アイスを食べながら、私は笑った。

「違う」
 漣里くんは食べ終えたアイスのカップを置いて、私を無感情に見た。

「俺は優しくなんてない。いじめを止めたのは見ていて腹が立ったから、ただそれだけだ。いじめられてた奴のためじゃなく、俺は自分のために行動しただけ。わかったら、優しい人なんて勘違いは止めてくれ。俺はそんな立派な人間じゃない」
「そんなこと……」
 たとえ自分自身のためだとしても、彼の行動は善だ。
 私が反論するよりも前に漣里くんは立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

「…………」
 もどかしい思いを抱えて、肩を落とす。

「凄いね、真白ちゃん」
「え?」
 予想だにしない言葉に顔を上げると、葵先輩がにこにこ笑っていた。

「漣里が誰かとまともに話してるところなんて、久しぶりに見たよ。しかも初対面で漣里の表情を動かすなんて、かなりレアだよ?」
「……そうなんですか?」
「うん。漣里は嫌いな相手には近づきすらしないし、普通でも面倒くさがって話すらしない。自分から話しかけるっていうのは、かなり好感度が高い証拠。真白ちゃんのこと気に入ってるみたいだね」

 ……き、気に入られてるの? あの対応で?
 思わず廊下に繋がる扉を見る。
 半信半疑の私に、葵先輩は微笑んだ。

「さっきは『いじめられてた奴のためじゃない』なんて言ってたけど、そんなわけない。いまもその人のために泥を被り続けているのがその証拠だ。漣里は他人のために行動できる優しい子だよ。僕の自慢の弟だ。良かったらこれからも漣里と仲良くしてやってね。学年が違うから学校じゃそんなに話す機会はないとは思うんだけど。もし会うことがあれば、気軽に話しかけてあげて」
「はい」
 私は笑顔で頷いた。