「なんでもいいだろ。高校の文化祭なんてしょせんは児戯だ」
 発言者は、私の席の斜め後ろに座る男子、小金井《こがねい》くん。
 下の名前は知らない。正直に言って、それほど興味もなかった。

「なんでこんなくだらない行事が授業の一環なんだろうな。日本の官僚は馬鹿ばっかりだ。英単語の一つでも覚えたほうがよっぽど有意義だっていうのに」
 少しぼさついた黒髪に、縁のない眼鏡。
 ひょろっとした細身の体躯。
 彼は物事を斜めに捉えるのが美学とでも思っているのか、度々こうした空気を読まない発言をし、敵を作っている。
 休憩時間中は誰とも馴れ合うことなく、自分の席でずっと勉強し続けている。
 時にはこれ見よがしに明洸大学の赤本を開くこともあり、「高二で赤本って……」「しかも明洸……」と、皆にドン引かれていた。

 学生の本分は勉強なのだから、勤勉なこと自体は全くの問題ではない。
 彼が葵先輩と同じ明洸大学を志望するに相応しく、常に学年上位の成績を誇っていることも、褒められるべきことだ。

 でも、彼は自分よりも成績の悪い人間、つまりクラスの大半を見下していた。
 高学歴で教育熱心な両親にそうと教え込まれたのか、彼は学業以外に価値も関心も見出さない。成績こそが全てだと信じ切っている。
 一学期の中間テストで赤点取っちゃったよ、と落ち込む女子に向かい、赤点なんて僕なら恥ずかしくて死んでるね、と言い放ったのが強烈な反感を買い、彼に声をかけるクラスメイトはいなくなった。
 心の距離感を示すように、彼の席の周囲の空間は他の席に比べて空いている。
 クラスが小さな社会だとしたら、これもいわば処世術の一環なのだろう。
 誰だって自分を不愉快にさせる人間に好んで近づきたくはない。

 私だって、嫌な人だと思わないといったら嘘になるけど。
 いじめみたいに無視するのは、なんか違うよね。
 せっかく同じクラスになったわけだし、さ。

「そんな冷めたこと言わないで、楽しもうよ。せっかくの文化祭なんだし」
「ふん」
 振り返って声をかけると、小金井くんはそっぽ向いた。
「小金井に声をかけるなんて物好きね」
 後ろの席の女子にそう言われて、苦笑いするしかない。

 その後も続いた話し合いで、私たちのクラスの出し物は、
 第一希望:カジノ(主にトランプゲーム)
 第二希望:喫茶店
 第三希望:演劇
 ということになった。
 希望が通るかどうかは、数日後に行われる文化祭実行委員全体会議の結果次第だ。