「成瀬先輩……!?」
 私の隣では、みーこが氷みたいにかちんと硬直している。

 周りにいる女子生徒も一様に頬を染めて、学校のアイドルを見つめていた。
 無言で立ち去った漣里くんを誰も気にしていない。
 それが酷く悲しかった。

「おはよう」
「おはようございます、成瀬先輩」
 私は軽く頭を下げた。

「夏休みも終わっちゃったね。また今日からお互い、学校頑張ろうね」
「はい」
「じゃあ」
 葵先輩は綺麗な微笑を残して歩いて行った。

「いやー、やっぱり成瀬先輩って格好良いわー。オーラが違うよね、オーラが。で」
 そこまで言って、みーこは声のボリュームを落とした。

「成瀬くんのあの態度は何なの? 愛する彼女が目の前にいるっていうのに、しらーっとした顔しちゃってさ。あんたたち、付き合ってるんでしょ? 喧嘩でもしたの? 挨拶もせず、無反応で立ち去るっておかしくない?」
「喧嘩なんてしてないよ。付き合ってることは内緒にしようって言われてるから。仕方ないの」
 私は力なく笑い、再び歩き始めた。

「何それ、なんでよ?」
 私の後を追いかけ、隣に並んだみーこは不満そうに眉を寄せた。

「漣里くんはみんなに不良だと思われてるから。一緒にいると私に迷惑がかかると思ってるみたいで。そんなことない、私は周りの生徒から何を言われても気にしないって言ったんだけど……どうしてもって頭を下げられちゃって」
「いやいやおかしいでしょ、だったら不良だと思われてる原因を取り除けばいいじゃん。野田をぶん殴ったのはいじめられてた人を助けるためだったって言えばいいじゃん」
「それを言ったら、いじめの事実を公表することになっちゃうでしょ? 漣里くんは優しいから、いまもずっといじめられてた人のために黙ってるんだよ。彼が耐えてるのに、私の都合でばらすことはできないよ」
「何それ、彼女よりも他人優先? なんかモヤモヤするんですけどー! 納得いかない、ムカつくんですけどー!」
 喚くみーこを、登校中の生徒たちが「なんだ?」という顔で見ている。

「みーこ、落ち着いて」
 みーこをなだめていると、スカートの中でスマホが震えた。
 取り出して確認する。

『さっきは無視してごめん』

 漣里くんから届いていたメッセージを見て、私はこっそりため息をついた。

「何よ、どうしたの?」
 気になったらしく、横からみーこがスマホの画面を覗き込んできた。

「謝るくらいなら最初からやらなきゃいいのに」
 みーこは口を尖らせた。
 私もそう思う、とは、言えなかった。