――笑えないよ。
 忙しそうなお父さんとお母さんを無視して、私は笑えない。
 そもそも、転んだのは完全に私のミスだ。

 どうしようもないほどの大きなミスをしたのは自分でしょう?

 そのとき、大きな音が夜の空気を震わせた。
 辺り一帯に響き渡るような音。

 ここからだと建物が邪魔をして見えないけれど、花火大会が始まったらしい。

 約束の時間は過ぎた。
 見れば、私の周りにはもう誰もいなかった。

 空になったコーヒーのカップが道端に転がっている。

 ――ああ、もうダメだ。

 限界に達して、私はその場にしゃがみ込んだ。
 ここまで引きずって歩いてきた左足首は、赤く腫れ上がっている。

 着信音が鳴り始めた。きっと漣里くんだ。
 鞄からスマホを取り出す。

 表示されていたのは、やっぱり漣里くんの名前だった。
 応答ボタンを押して、耳に当てる。

「……もしもし、漣里くん?」
『いまどこ』
 問い詰めるような口調だった。
 怒っている、のだろうか。
 ズキンと胸が痛む。

「……ごめん」
『謝罪はいいから、いまどこか教えて』
「……川の近くの、桃山公民館の前。ミチ喫茶店のすぐ傍にある……」
『わかった。行く』
「ううん、いいよ。あの、実はね、さっき友達と偶然会っちゃって。自分のアパートで見ないかって誘ってくれてるの。ベランダから花火が見えるんだって」
『は?』
 これ以上ないほどの不機嫌な調子で返された。

 当たり前だ。
 遅刻した挙句、友達と会ったからって約束をドタキャンする女なんて最悪だ。

 私だったら許せない。
 今後の付き合いすら考えるだろう。

 でも、それでいい。
 一年に一度の花火なんだから、漣里くんには楽しんでほしい。

 ここで助けを求めるのはダメだ。
 そんな我儘、許されるわけがない。

 電話の向こうからも、立て続けに花火の音がする。
 轟くような、大きな音。

「漣里くんは澪月橋にいるんでしょう? そこからなら、花火も綺麗に――」
『もういい』
 電話が切れた。

「…………」
 あまりにもあっけない幕切れだった。
 関係すら切られたかもしれない。

 連絡先を消されたって文句は言えない。
 それだけのことを私はしたんだから。

「……あーあ……」
 自業自得すぎて、もう笑うしかない。
 ぴくりとも頬の筋肉は動こうとしなかったけど。

 用のなくなったスマホを鞄に入れて、うずくまったまま、空を仰ぐ。
 立ち並ぶ住宅とマンションに切り取られた細い長方形の夜空には、何も見えない。

 音がするのに、何もない。
 ただいくつかの星が平和に瞬いているだけ。
 漣里くんは花火を見ているだろうか。

 私のせいで最悪な花火大会にしてしまった。
 こんなことなら、約束なんてするんじゃなかった。

 ワンピースも、サンダルも、つける暇のなかった髪飾りも。
 全部この日のために用意したのにな。

 本当に、楽しみにしてたのにな。

 どおん、とひときわ大きな音がした。