漣里くんと約束をしてから、待ちに待った花火大会、当日。
 私はこの日のためにばっちり準備を整えていた。

 買ってもらったばかりの可愛いワンピースを着て、綺麗に着飾って、歩いてきた漣里くんに微笑んで手を振る。
 何度も繰り返してきた脳内シミュレーションはもう完璧。

 完璧――だったんだけども。
 友達と約束してるから、行っていい?――なんて、次から次へとお店にお客さんが押し寄せている状況では言えるわけがなかった。
 いつも働いてくれているパートのおばさんが足を骨折してしまった上に、バイトの大学生は今日、体調不良を理由に店を休んだ。

 だから、娘である私が働いている。
 お母さんたちは無理に店に出なくていいって言ってくれたんだけど、こんな状況で放っておけるわけがない。

 お客さんは減るどころか、どんどん増えていく。
 目が回るような忙しさ。
 厨房でお皿を洗いながら、お店の時計を見る。

 六時二十分……着替える時間を考えると、ぎりぎりだ。
 もしかしたら遅れるかもと漣里くんに連絡はしておいたけど、その判断は間違ってなかった。

 結局、どうにかお店が落ち着いて、もういいから行きなさいとお母さんに背中を押されたのは六時五十分のこと。

 いまから走っても、もう七時には間に合わない。
 店の外で電話をかけると、漣里くんはすぐに出てくれた。

『もしもし』
「漣里くん、ごめん! いまお店の手伝いが終わったんだけど、どうしても間に合わないから、待ち合わせ七時半にしてもらってもいいかな? 急いで行くから。本当にごめん」
 七時半は花火が始まる時間。

 これが最低ラインだ。
 何が何でも守らなきゃ。

『わかった』
 電話を通じて、漣里くんの周囲の笑い声や話し声が聞こえてきた。
 そのざわめきを聞いて、既に彼は待ち合わせ場所である澪月橋《みおつきばし》にいるとわかった。

 澪月橋の周りには出店が並ぶから、大勢の人が集まるんだ。

「本当にごめんね! もうちょっとだけ待ってて!」
 罪悪感を抱えながらも、私は電話を切って自宅に飛び込んだ。

 いくらなんでも、汗と油臭い状態で漣里くんと会いたくない。
 できるだけ急いでシャワーを浴び、ワンピースを着る。

 ドライヤーで髪を乾かしながら、スマホを取り上げる。

 時刻は――七時十五分!?
 やばい、間に合わない!

 髪を完全に乾かす余裕もなく、私はドライヤーを放り出した。
 鞄にスマホを突っ込み、サンダルを履いて自宅を飛び出す。

 全速力で走れば、なんとか遅れずに済む。
 そんなぎりぎりの状況なのに、お祭りのせいで道は混雑していた。

 人の隙間を縫うようにしながら、早足で歩く。
 ダメだ、大通りは人が多すぎる。