手当てを終えた私は救急箱を片付けて厨房に向かった。
 すると、私と入れ替わるようにお母さんは厨房から出た。
 漣里くんに「娘を助けてくれてありがとう」とお礼を言っているみたい。
 お礼の他にも何か言われたのか、漣里くんはちょっと困っているように見えた。

「漣里くんに何か変なこと言ってないよね?」
 厨房に戻ってきたお母さんに、私はジト目で聞いた。

「別に何も? いやーあんた、成瀬くんがあんなイケメンだなんて聞いてないわよ? さっきもなーんか良い雰囲気だったし、もしかして実は彼氏だったりする?」
 お母さんは何故か楽しそう。

「そんなわけないでしょ! 漣里くんとは学年も違うし、ついこの前知り合ったばかりなの! そう、だから、本当にただの知り合い!!」
 皿洗い中だった私は大慌てで泡塗れの両手を振った。

 お母さんってば、声が大きい!
 漣里くんに聞こえる!
 迷惑に思われる!

「まあ、ただの知り合いとか言って、『漣里くん』なんて呼んじゃって、まああ。下の名前で呼ぶってことは、やっぱりそういうことじゃないの」
「いや、名前で呼んでるのは時海に三年生のお兄さんがいるからだよ! 苗字で呼んだらややこしいからって言われたの!」
「あんなイケメンを落とすなんて、我が子ながらやるわねー。ねえお父さん」
「お父さんは認めんぞ。どんなに成瀬くんがイケメンだろうが、高校生で彼氏なんて早すぎる。しかも一年生って、ついこの前まで中学生じゃないか」
 お父さんはハンバーグを焼きながら不機嫌そうに言った。

「あら、真白だって二年前までは中学生だったわよ? たった二年なのに、なんだか遠い昔のように感じるわよねー月日が経つのは早いわー」

「話を聞いてよ二人とも!?」
 親子で騒いでいる間、漣里くんは無表情でスマホを弄っていた。



「うるさくしてごめんね……」
 三十分ほど後。
 私は漣里くんを見送るため、外に出ていた。

「いや、別に。賑やかな家族だなって思っただけ。おいしかった。ごちそうさまでした」
「おいしかった? だったら良かった」
 夏の生温い風を頬に受けながら微笑むと、漣里くんは少し沈黙してから言った。

「……本当に迷惑じゃなかったんだな」
「え?」
「社交辞令で来て欲しいって言ったのかと思ってたんだけど。先輩の対応を見る限り、そうじゃなかったみたいだ」
「それはそうだよ。本当に来て欲しかったもの。だから、今日漣里くんが来てくれて凄く嬉しい」
「そうか。手当てもしてくれて、ありがとう」
 漣里くんは小さく頭を下げた。

「どういたしまして。良かったらまた来てね」
 私は微笑んだ。
 これでお別れかと思いきや、漣里くんはじっと私を見つめて。
 何か考えるような顔をしてから、言った。

「……あのさ。パンケーキ、好き?」
「? うん、好きだよ」
「なら今度、一緒に食べに行かない? 手当てのお礼に奢るから、付き合ってほしい」