「あづい……」
高校が夏休みに入った七月末。
私はふらつきながら、真夏の太陽が照りつける路上を歩いていた。
いまは図書館からの帰り道。
予約した本が入ったって連絡がきたから、受け取りに行ったの。
午前中に行けば暑さもマシかなって思ったんだけど……甘かった。
こんなに暑いなら、夕方に行けば良かったよー!!
嘆いても、現実は変わらない。
まだ図書館を出て十分しか歩いてないのに、汗がとめどなく噴き出す。
髪やシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
息が荒れる。
何より暑い――ううん、暑いなんて単語じゃ生温い。
この異常な熱気は『暑い』を通り越して、もはや『熱い』という表現が正しい。
ちゃんと帽子は被ってるのに、顔は発火したように熱く、汗が顎を伝い落ちていく。
夏に備えて髪をボブにしたのも間違いだった。
友達はさっぱりしたねって言ってくれたけど、括れる程度には残しておけばよかった。
セミの声が耳の中でわんわん鳴り響いて、頭がグラグラする。
ああ、駄目だ。
このままだと倒れそう。
ちょっと休もう。
私はふらふらと歩いて、建物の日陰に入った。
建物の隅っこでうずくまっている間、数人が私の前を通り過ぎて行った。
ぼうっと住宅街を眺めていると、足音が聞こえた。
これまでと違って、その足音は近づいてくる。
「大丈夫?」
声に顔を上げると、美少年が立っていた。
長い睫毛に整った顔立ち。
せっかくの美少年なのに、その眼光が刃物のように鋭く見えてしまうのは、彼が感情を表に出さないからだろう。
少なくとも、私は彼が笑っているところを見たことがない。
そう――私は彼を知っている。
時海《ときみ》高校一年三組、成瀬漣里《なるせれんり》くんだ。
彼には葵という、高校三年生のお兄さんがいる。
彼らは時海高校を代表する美形兄弟として有名だった。
私の親友もお兄さんのファンなんだよね。
でも、成瀬くんは絶大な人気を誇る葵先輩とは違って、周りの生徒から敬遠されている。
彼が入学早々、上級生――私と同じ学年の、野田という不良を殴ったからだ。
『顔はいいけど中身は最悪』『成瀬先輩が天使なら彼は悪魔』――一部の生徒からそんな酷いことを言われている彼は、じっと私を見下ろしている。
彼の左腕にはビニール袋が下がっていた。
中から牛乳パックが覗いている。
どうやら買い物帰りらしい。
「水があればいいんだけどな。あいにく、今日は牛乳しか買ってない。一リットルの牛乳渡されても困るだろうし……」
ビニール袋を見下ろして、成瀬くんはブツブツ呟いている。
彼の言動が予想外すぎて、私はぽかんとしてしまった。
え、あれ?
成瀬くんって、怖い人……じゃなかったの?
「いえ、いいです。大丈夫です。心配してくれてありがとう、成瀬くん」
「なんで俺の名前知ってるんだ? もしかして、同じ高校の人?」
成瀬くんは無表情で尋ねてきた。
「はい、そうです。時海高校二年二組の深森真白《みもりましろ》といいます」
私は立ち眩みを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、自己紹介した。
「じゃあ、深森先輩。うち、すぐそこだから、涼んでいく? 両親はいま仕事でいないけど、兄貴がいる。兄貴のこと知ってる? 成瀬葵っていって、時海の生徒会長なんだけど」
「うん、知ってる」
というより、知らない生徒などいない。
だって、彼は全校生徒の憧れの的。
頭脳明晰にしてスポーツ万能。
男の人なのに『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』なんて讃えられてる、超イケメンだもの。
「俺が信用できなくても、兄貴なら信用できるんじゃないか。兄貴は紳士だから、女子に変なことはしない。心配ならスマホを握り締めてたらいい。いざというときは通報すればいい」
「えっと……」
これは、女子である私に気を遣ってくれてる、んだよね。
不器用でも精一杯、言葉を尽くして私を助けようとしてくれているのが伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「俺の家、クーラー利いてて涼しいし。冷凍庫にアイスもあるけど。食べる?」
「……食べたいです」
「そう」
成瀬くんは屈んで私の鞄を拾い上げ、自分の肩にかけた。
まるで、当たり前のことのように。
「え」
「持つよ。しんどいんだろ。ついてきて」
そう言って、成瀬くんは歩き出した。
高校が夏休みに入った七月末。
私はふらつきながら、真夏の太陽が照りつける路上を歩いていた。
いまは図書館からの帰り道。
予約した本が入ったって連絡がきたから、受け取りに行ったの。
午前中に行けば暑さもマシかなって思ったんだけど……甘かった。
こんなに暑いなら、夕方に行けば良かったよー!!
嘆いても、現実は変わらない。
まだ図書館を出て十分しか歩いてないのに、汗がとめどなく噴き出す。
髪やシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
息が荒れる。
何より暑い――ううん、暑いなんて単語じゃ生温い。
この異常な熱気は『暑い』を通り越して、もはや『熱い』という表現が正しい。
ちゃんと帽子は被ってるのに、顔は発火したように熱く、汗が顎を伝い落ちていく。
夏に備えて髪をボブにしたのも間違いだった。
友達はさっぱりしたねって言ってくれたけど、括れる程度には残しておけばよかった。
セミの声が耳の中でわんわん鳴り響いて、頭がグラグラする。
ああ、駄目だ。
このままだと倒れそう。
ちょっと休もう。
私はふらふらと歩いて、建物の日陰に入った。
建物の隅っこでうずくまっている間、数人が私の前を通り過ぎて行った。
ぼうっと住宅街を眺めていると、足音が聞こえた。
これまでと違って、その足音は近づいてくる。
「大丈夫?」
声に顔を上げると、美少年が立っていた。
長い睫毛に整った顔立ち。
せっかくの美少年なのに、その眼光が刃物のように鋭く見えてしまうのは、彼が感情を表に出さないからだろう。
少なくとも、私は彼が笑っているところを見たことがない。
そう――私は彼を知っている。
時海《ときみ》高校一年三組、成瀬漣里《なるせれんり》くんだ。
彼には葵という、高校三年生のお兄さんがいる。
彼らは時海高校を代表する美形兄弟として有名だった。
私の親友もお兄さんのファンなんだよね。
でも、成瀬くんは絶大な人気を誇る葵先輩とは違って、周りの生徒から敬遠されている。
彼が入学早々、上級生――私と同じ学年の、野田という不良を殴ったからだ。
『顔はいいけど中身は最悪』『成瀬先輩が天使なら彼は悪魔』――一部の生徒からそんな酷いことを言われている彼は、じっと私を見下ろしている。
彼の左腕にはビニール袋が下がっていた。
中から牛乳パックが覗いている。
どうやら買い物帰りらしい。
「水があればいいんだけどな。あいにく、今日は牛乳しか買ってない。一リットルの牛乳渡されても困るだろうし……」
ビニール袋を見下ろして、成瀬くんはブツブツ呟いている。
彼の言動が予想外すぎて、私はぽかんとしてしまった。
え、あれ?
成瀬くんって、怖い人……じゃなかったの?
「いえ、いいです。大丈夫です。心配してくれてありがとう、成瀬くん」
「なんで俺の名前知ってるんだ? もしかして、同じ高校の人?」
成瀬くんは無表情で尋ねてきた。
「はい、そうです。時海高校二年二組の深森真白《みもりましろ》といいます」
私は立ち眩みを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、自己紹介した。
「じゃあ、深森先輩。うち、すぐそこだから、涼んでいく? 両親はいま仕事でいないけど、兄貴がいる。兄貴のこと知ってる? 成瀬葵っていって、時海の生徒会長なんだけど」
「うん、知ってる」
というより、知らない生徒などいない。
だって、彼は全校生徒の憧れの的。
頭脳明晰にしてスポーツ万能。
男の人なのに『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』なんて讃えられてる、超イケメンだもの。
「俺が信用できなくても、兄貴なら信用できるんじゃないか。兄貴は紳士だから、女子に変なことはしない。心配ならスマホを握り締めてたらいい。いざというときは通報すればいい」
「えっと……」
これは、女子である私に気を遣ってくれてる、んだよね。
不器用でも精一杯、言葉を尽くして私を助けようとしてくれているのが伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「俺の家、クーラー利いてて涼しいし。冷凍庫にアイスもあるけど。食べる?」
「……食べたいです」
「そう」
成瀬くんは屈んで私の鞄を拾い上げ、自分の肩にかけた。
まるで、当たり前のことのように。
「え」
「持つよ。しんどいんだろ。ついてきて」
そう言って、成瀬くんは歩き出した。