ぼくはハンバーガーの入った袋を提げて、村に戻ってきた。年寄りと暮らしていると、あまりファストフードを食べる機会はない。そこまで好きでもなかったけれど、せっかくだし、と思った。
 夕方だけれど、まだまだ日はおりそうもなかった。
「テルちゃんおかえりー」
 交番から木戸さんが顔を覗かせた。手にはゲーム機を持っている。
「ゲーム、隠したほうがいいんじゃないですか」
 ぼくは呆れて言った。
「べつに誰も怒んねえし。上司に見つかったらあれだけど、きやしねえよ」
「そうですか」
 つまり、平和だってことである。
「そうだ、きみの友達、どうしてる?」
 そう言われてどきりとした。
「なんでですか?」
「いや、いつ一緒にモンハンできるかなって」
 なんだよ。そこか。ぼくは胸を撫で下ろした。
「ああ、どうでしょうねえ」
「いつ遊びにくるの? 俺が非番のときでもいいけどさあ」
 いまも家にいます、とは言わなかった。やんだか説明がややこしくなるから。
 でも、なんでぼくは警戒したんだろう。友達が泊まりにくるのも当たり前だし、何も隠すことはない。
 なのに、どこかで秘密にしておきたかった。秘密にしたいのは、ぼくと倫太郎の関係なのかもしれなかった。べつにばれるなんて思わないけれど、さっき茉莉に「なんだか変わったね」と言われたせいかもしれない。
 やっぱり、秘密を持つのはよくない。隠し事があるのは健康に悪い。自分はずっと、倫太郎のことや、自分の思いを隠していくのか、と思ったら、これから先もしんどいな、と思った。
 未来。
 遠いことよりも、おじいちゃんがもうじき帰ってくることのほうが問題だ。おじいちゃんが帰ってきたら、「じゃあ」と入れ替わりで倫太郎が去ってしまうような気がしてならなかった。
 またくるよ、と軽く言われたとしても、連絡先をもらったとしても、だから大丈夫なんて思えない。
 いなくなってしまったら、もう会えない。
 なんでそんなふうに思ってしまうのだろう。
 家へ向かう足取りが早くなった。
 そして、ぼくは家の前で少しだけ躊躇した。
 なんでそんなふうにしてしまったのか。
 音を立てずに戸をあけた。
 倫太郎が、タンスを開け、財布と札を握っていた。
「なにをやっているの?」
 その光景を前にして、ぼくは呆然として、そして思い切って言った。
 倫太郎がぼくのほうを見た。蒸し暑いと言うのに戸が閉まっていて、薄暗くてよく見えなかったが、これまで見たことのない表情だということは感じ取れた。
「なにを」
 もう一度言おうとしたときだ。
 いきなり倫太郎はぼくのほうに向かってきて、胸を押した。畳に尻もちをついたぼくを見下ろし、
「お前らガチでばかか?」
 と言った。
「だったら」
 金を盗もうとしているお前はなんだ、泥棒か、と言おうとしたけれど、声が出なかった。
「なんで気づかねえんだ? 俺は倫太郎じゃねえし」
「は?」
 なにを言っているのか、わからなかった。なにもかもわかりたくもなかった。
「村中のやつらが俺のことを見てなんにわかってないのは、そら、俺は倫太郎じゃないからだよ」
 倫太郎は言った。
「そんな」
 だって、どこか面影が残っている。
 ぼくらや村を見て、懐かしいなと言っていた。記憶にないこともあったみたいだけれど、「ああそうか」と思い出していたじゃないか。
 倫太郎じゃない。
 嘘だ。
「悪いけどな、俺は倫太郎のことが死ぬほど嫌いなんだよ」
 そう言って手にしていた財布を放り、札を握りしめくしゃくしゃにした。
「じゃあ、お前、誰だ」
 ぼくは言った。
「俺はレン。倫太郎の、なりたくもねえけど、兄弟だよ」
「そんな、そんな奴、知らない」
「目の前にいるだろ、見えねえのか?」
 倫太郎……レンと名乗る目の前の男が不敵な笑みを浮かべた。「田舎もんをちょっと騙してからかってやっただけだ。倫太郎だと思って股ひらいて大喜びして、お前マジで変態だな。キモすぎだろ。りんろう〜りんたろ〜って大喜びして、なんも見えてねえのな。好きなやつが本物かどうかくらい見極めろ」
 ぼくは冷酷に言い放つレンの言葉を理解できなかった。
「嘘だ」
「嘘じゃねえよ。ああ、わすれてた。倫太郎のほうが偽物なんだった。あんなやつ」
 レンは眉をしかめ、そして、玄関のほうへ向かった。勢いよく戸の閉まる音がした。
 ぼくはしばらく、ただへたりこんだまま震えていた。
「ただいまあ」
 おじいちゃんの元気な声が聞こえてきた。どれくらい、じっとしていたんだろう、と思った。もうすっかり、真っ暗になっていた。