小さな頃、ぼくはよく「先のこと」を見た。見るのはだいたい悪いことばかりで、いつも叫び声をあげて目を覚ました。家族は「どうした?」と背中をさすってくれたが、ぼくは「車が」とか「怪我が」とか、うわごとのようにしか言えず、泣きじゃくることしかできなかった。
 しばらくして、それが実際に起きたとき、ショックで倒れた。夢でこの悲惨な出来事を見たと訴えても、家族は理解できないと言った顔をしていた。平和な村でも、ときどき何かが起こる。子供が川に流されることや、急に人が倒れて死んでしまうこともある。
 夢の中で、リアルに事故が再現された。ぼくはカメラのようにその光景をただ眺めることしかできなかった。両親は、ぼくが神経が過敏すぎるのかもしれないと考え、村の外の病院まで連れて行った。しかし、医者からは特に問題はないと言われた。
 一番ショックな出来事は、両親が車の追突事故で亡くなる夢を見たときだった。暴れ狂うぼくを抱きかかえ、山の向こうの病院に連れて行こうとした。途中で事故が起きるかもしれないと、ぼくは車に乗ろうとしなかった。
 夢を見た数日後、それが現実になってしまった。葬式のとき、ぼくはずっと泣いていた。そばには倫太郎がいて、ぼくの手を握ってくれていた。あまりにショックだったからか、つい最近まで夢自体を見なくなくなった。
 もし自分がおかしくなってしまったとしても、明確に何かが起こると察知できたなら、もっと具体的に言葉を使えたのではないか。倫太郎に起きた事件だって未然に防げたかもしれない。そう考えると、悔しくてたまらなかった。あのとき助けてくれた倫太郎に、ぼくが手を差し伸べることができなかったのも悲しかった。

 おじいちゃんが旅行にでかけた夜、ぼくは夢を見た。はっと目を開けると、いつもの暗い天井が目に入った。照明から垂れ下がる影が見える。そばで倫太郎が肘をつき、じっとぼくを見ているのに気づいた。
「なに?」
 ぼくは言った。
「なにを見ていた?」
 倫太郎が尋ねる。
「うなされてた」
「……なんか言ったりしてた?」
「倫太郎、倫太郎って呼んでたから、何事かと思った」
「それだけ?」
「実は倫太郎のことが好きだって、恥ずかしいことを叫んでた」
 倫太郎がにやにやしているのが、薄暗闇の中でもわかった。
「はあ?」
 思わずがばりと起き上がった。
「なに慌ててんだよ」
 倫太郎はまったく動じなかった。
「たまってんの?」
「ほんとうに、そんなこと言ってたの? 言ってないよね?」
「どうかなー」
 倫太郎ははぐらかし、布団に身を預けた。
「たぶん、そんなこと言ってないよ」
 ぼくは言った。あの夢で、そんなことを言うはずがなかった。
 夢の中で、倫太郎が泣きながら畦道を歩いていた。その震えた背中に手を差し伸べることが、やはりできなかった。見ていて、ずっと苦しかった。
「そうなの?」
 なにもわかっちゃいない倫太郎は、少し寂しそうに言った。
「うん」
 そういうことは全部ふたをしておかないといけない。夢の話も、自分のことも。小さいときも、川遊びをしたときに思ったのだ。面倒なことは、絶対に言わないって。
 倫太郎は大事な友達なのだ。
「俺は別に、いいけど」
 倫太郎が言った。
「なにを?」
 ぼくは倫太郎のほうに顔を向けた。
「そういうの、関係ないじゃん」
 そう言って顔を寄せてきた。
「倫太郎?」
「なに?」
 ぐっと顔を覗きこまれた。倫太郎の熱い息が顔にかかった。
「そんなふうに考えちゃいけないよ」
 まるで非行生徒を諭すみたいだ、と自分で言っておいてまぬけに思えた。
「そんなことないだろ。人生なんだってありだろ」
「でも、そんなじゃ」
「なに?」
 ぜんぶに迷惑がかかる。はじめは自分がこんなことを考えてしまったら、いけないことだ。阻害されて突き放されてしまったらどうしようと思ってた。でも違っていた。みんなが悲しむ気がしたからだ。家族とか、そして、倫太郎が。
 自分だってどう扱ったらいいのかわからない感情を、ほかの人がうまく扱うことなんてできないんだ、と。
「そんなことないから」
 倫太郎はそう言って布団にもぐりこみ、ぼくを抱き寄せた。
「絶対に。ありえないことなんて、そもそもないし」
 その暖かさは、夏の暑苦しさをいっそう熱くさせた。けれど、感じてしまったら、もう離れたくない、と思った。お互い汗をだらだらかいている。
「うん」
 ぼくも腕に力をこめた。
 しばらく倫太郎の体温と、そしてにおいを感じた。
 ずっと欲しかったものだった。
 倫太郎の顔がぼくのほうに近づいてくる。
 まるで飛び込み台でずっとすくんでいるみたいなもんだった。あとにはもうひけない。飛びこむしかできない。
 しばらくただそのぬくもりを味わっていると、倫太郎がふいに言った。
「テル」
「なに」
「任せろよ。俺、初めてじゃないし」
 え、と一瞬うろたえたとき、倫太郎に口をふさがれ、ぼくはそのまま下になり、そして倫太郎の背中を強く掴んでいた。