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「なんだお前ら」
レンが言った。
「べつに俺らは警察でも関係者でもないから、きみがこれからなにをしようとしたとて、止める義理はない」
タクミさんが言った。
「けれど、人を傷つけようとしているのを止めないわけにはいかない。ターゲットに向かう前に、ぼくらを倒さないといけないよ。とすると、計四人を傷つけるわけか。捕まったらそう簡単に娑婆には帰ってこられないな」
「だからなんなんだよ」
レンが言った。尻ポケットに手をつっこみ、ナイフを取り出した。
「うわ、最悪」
テツさんが言った。
「申し訳ないけれど、この時点できみの負け確定だから。ホテルの連中もぼくらが騒げば気づくし、警備員も相当数いる。そんなもん、すぐ引っ込めたほうがいい。無理ゲーをわざわざやるのは時間の無駄だよ」
タクミさんが手を伸ばし、腕を掴んだ。
「おい、やめろ」
レンが言った。
「そもそも俺ごときに隙をつかれる時点で、きみが暴力を振るうのが慣れていないのがわかる。そして、そんな行動を起こそうとしているわりにやたらとどうするか伺っていたってことは、そんなことをしちゃいけないってわかっているんだろう」
タクミさんがレンの腕を捻りあげ、ナイフが落ちた。すかさずテツさんが拾った。
「もう予知夢の先だよな」
レンの背中を押し、つんのめらせた。
「そろそろ立ち去ったほうがいい。全員捕まるなんて勘弁してもらいたい」
ぼくらは、ホテルを出ていった。
そのまま走り去るのではないか、と思ったけれど、レンは、そんなことをせず、ふらつきながら歩いていく。
ぼくはティールームを見た。
そのとき、倫太郎がぼくらに気づいて、立ち上がった。
みなが振り返る。
倫太郎。
ぼくはテレパシーを送るように、頭の中で念じた。
倫太郎、倫太郎。
伝わっていないだろう、と思った。
がんばって。
違うな。がんばらないで。
がんばらないように、がんばって。
なんだそれ、と自分でも思った。
倫太郎が、手をあげた。
ああ、伝わったんだな、と思った。
信じればいいんだ。
伝わると、信じればいい。
まじりっけなしに、欲さえなければ、一切の見返りを求めさえしなければ、伝わる。
なんでみんなが、思いが伝わらないのか、わかった気がした。
これはきっと、当たり前に人ができることだった。
「まだ話は終わってないよ」
レンの後ろ姿に向かって、タクミさんは言った。
「うるせえ」
レンが立ち止まった。
「一度俺たちは止めた。次はない。もしやるっていうなら、善良な一般市民の限界だ、勝手にすればいい」
タクミさんが言った。
「ちょっと」
テツさんがタクミさんのシャツを引っ張った。
「他人に優しくされなかったからって、優しさがわからないなんて、クソ餓鬼の理屈でしかない」
タクミさんの言葉に、テツさんが頭を抱えた。
「レン」
ぼくは声をかけた。レンが少し震えていた。ちょうど橋の上にぼくらはいた。レンは川を見ていた。ぎらつきを失いかけた夕方で、あたりの街灯に灯りがともったせいか、汚い水面が少しだけきらきらしていた。
「一緒に暮らそう」
家族になろう、と言いたかったけれど、言えなかった。そんな自信はなかった。でも、もしレンが受け入れてくれるなら、一緒に、そういう未来を目指していこう、と思った。それはほんとうに絵空事で、問題は山積みで、それだけでもう諦めてしまいそうになる。でも、もしレンの気持ちが、ほんの少しでも動くのであれば、やってみる価値はある。
ぼくたちのことを、歩いている人たちがじろじろと眺めては去っていく。
そういう不躾な視線を気にしてきたけれど、そんなもの、どうだっていい、と思った。すれ違う人たちなんかよりも、レンのほうが大事だった。
そうか、自分が気にしてきたことなんて、大したことなんてなんにもない。
ぼくはレンに近づき、そっと肩に手を当てた。そして、背中に胸を押しつけた。
「キモいんだよ」
レンは言ったけれど、振り解こうとしなかった。
「キモくてごめん」
ぼくは言った。
「なんだお前ら」
レンが言った。
「べつに俺らは警察でも関係者でもないから、きみがこれからなにをしようとしたとて、止める義理はない」
タクミさんが言った。
「けれど、人を傷つけようとしているのを止めないわけにはいかない。ターゲットに向かう前に、ぼくらを倒さないといけないよ。とすると、計四人を傷つけるわけか。捕まったらそう簡単に娑婆には帰ってこられないな」
「だからなんなんだよ」
レンが言った。尻ポケットに手をつっこみ、ナイフを取り出した。
「うわ、最悪」
テツさんが言った。
「申し訳ないけれど、この時点できみの負け確定だから。ホテルの連中もぼくらが騒げば気づくし、警備員も相当数いる。そんなもん、すぐ引っ込めたほうがいい。無理ゲーをわざわざやるのは時間の無駄だよ」
タクミさんが手を伸ばし、腕を掴んだ。
「おい、やめろ」
レンが言った。
「そもそも俺ごときに隙をつかれる時点で、きみが暴力を振るうのが慣れていないのがわかる。そして、そんな行動を起こそうとしているわりにやたらとどうするか伺っていたってことは、そんなことをしちゃいけないってわかっているんだろう」
タクミさんがレンの腕を捻りあげ、ナイフが落ちた。すかさずテツさんが拾った。
「もう予知夢の先だよな」
レンの背中を押し、つんのめらせた。
「そろそろ立ち去ったほうがいい。全員捕まるなんて勘弁してもらいたい」
ぼくらは、ホテルを出ていった。
そのまま走り去るのではないか、と思ったけれど、レンは、そんなことをせず、ふらつきながら歩いていく。
ぼくはティールームを見た。
そのとき、倫太郎がぼくらに気づいて、立ち上がった。
みなが振り返る。
倫太郎。
ぼくはテレパシーを送るように、頭の中で念じた。
倫太郎、倫太郎。
伝わっていないだろう、と思った。
がんばって。
違うな。がんばらないで。
がんばらないように、がんばって。
なんだそれ、と自分でも思った。
倫太郎が、手をあげた。
ああ、伝わったんだな、と思った。
信じればいいんだ。
伝わると、信じればいい。
まじりっけなしに、欲さえなければ、一切の見返りを求めさえしなければ、伝わる。
なんでみんなが、思いが伝わらないのか、わかった気がした。
これはきっと、当たり前に人ができることだった。
「まだ話は終わってないよ」
レンの後ろ姿に向かって、タクミさんは言った。
「うるせえ」
レンが立ち止まった。
「一度俺たちは止めた。次はない。もしやるっていうなら、善良な一般市民の限界だ、勝手にすればいい」
タクミさんが言った。
「ちょっと」
テツさんがタクミさんのシャツを引っ張った。
「他人に優しくされなかったからって、優しさがわからないなんて、クソ餓鬼の理屈でしかない」
タクミさんの言葉に、テツさんが頭を抱えた。
「レン」
ぼくは声をかけた。レンが少し震えていた。ちょうど橋の上にぼくらはいた。レンは川を見ていた。ぎらつきを失いかけた夕方で、あたりの街灯に灯りがともったせいか、汚い水面が少しだけきらきらしていた。
「一緒に暮らそう」
家族になろう、と言いたかったけれど、言えなかった。そんな自信はなかった。でも、もしレンが受け入れてくれるなら、一緒に、そういう未来を目指していこう、と思った。それはほんとうに絵空事で、問題は山積みで、それだけでもう諦めてしまいそうになる。でも、もしレンの気持ちが、ほんの少しでも動くのであれば、やってみる価値はある。
ぼくたちのことを、歩いている人たちがじろじろと眺めては去っていく。
そういう不躾な視線を気にしてきたけれど、そんなもの、どうだっていい、と思った。すれ違う人たちなんかよりも、レンのほうが大事だった。
そうか、自分が気にしてきたことなんて、大したことなんてなんにもない。
ぼくはレンに近づき、そっと肩に手を当てた。そして、背中に胸を押しつけた。
「キモいんだよ」
レンは言ったけれど、振り解こうとしなかった。
「キモくてごめん」
ぼくは言った。